抱き心地で君を管理する

 いつもの朝。今日は午前中から会議が入っていたので朝食をとったあとそのまま会議室に直行し、二時間こもって議論が続いた。
 ふう――長い息がもれる。久しぶりに重要な任務が控えているものの、心情的には落ち着いている。これまでに乗り越えてきた経験が糧になっているのもあるし、気持ちを落ち着けるだけの余裕が生まれているのも理由の一つだが、サボの中でもうひとつ大きな理由があった。
 会議室の扉を控えめにノックする音が聞こえる。気づいた部下が開けに行くのを見て、サボは資料に視線を戻した。先に調査中の仲間と合流してからの各自の立ち回りや潜入するタイミングまで念入りに書かれている――時々サボは単独で別行動してしまうこともあるのだが。

「総長〜さんが差し入れ持ってきてくれましたよ」
「えっ!」資料から目を離して入口のほうに視線を移す。部下の後ろに隠れるようにしてひょっこり顔を出したがこちらに手を振った。
「本当、さんの名前出しただけでその反応……わかりやすくて逆に潔いですね」
「ふふ。サボ、お疲れさま」
「ありがとう」

 皿いっぱいにかわいらしい形の洋菓子を乗せて、サボが座る場所まで近寄ってきたを抱きしめた。危ないからとテーブルに皿を置いて、彼女はされるがままサボの腕の中でじっとしている。直前まで厨房にいたことがわかる菓子の匂いとと、異なる甘い香りを吸い込んでサボの脳内からセロトニンが分泌されていく。

「いい匂いがする」
「こ、ここでそういうのは、よくないんじゃないかな」
「なんでだよ」
「だって……皆さんがいるし」

 の視線が周囲に向けられる。恥ずかしそうにすぐ目を伏せて今にも逃げ出したいと言わんばかりだ。
 しかしがあたふたするのと裏腹に、サボはもちろん部下達もみんな落ち着き払っている。

「気にしないでいいですよ。今に始まったことじゃないですし、おれ達慣れてるというか多少のことは目をつぶるというかまあ総長のやる気に直接繋がるので」
「目をつぶるって悪ィ事してるみたいに言うな。一旦休憩中だろ」
「ほら、いつもこんな調子ですよさん」

 部下が呆れた口調で言い放ち、目の前の菓子に手をつけていただきますと同時に口に放り込んだ。「美味しいです。ありがとうございます」「よかった。こちらこそです」腕の中のがほっとして小さく会釈した。それを歯切りにほかの奴らも次々に菓子へ手をつけていく。
 そのやり取りを若干面白くなさそうに眺めながら、サボはふと違和感を覚えた。腕の中の彼女に対する何気ない――ともすれば見過ごすようなことだったが、自分だからこそわかる小さな違和感。

。お前少し痩せたんじゃねェか、前はもう少しこのあたりの――」
「ストーーーップ!!!」

 このあたりの肉づきがよかった。そう続けようとしたのに、近くにいた部下が大声をあげて遮った。確かに抱き心地具合で決めつけるのも我ながらどうかと思うが、実際ほぼ毎日この腕に抱いているからこそわかるものがある。

「やりすぎですよ。大体抱き心地でわかるとかどんな把握の仕方ですかそれ」

 実際口に出されて指摘されると決まりが悪いのだが、がいる手前くだらないことで怒るのも躊躇われた。部下の視線が痛い。

「仕方ねェだろ。わかっちまうもんは」
「言っておきますけど、褒めてるわけじゃないですからね」
「……」
「サボ。邪魔しちゃ悪いし、私もう行くね」

 するりと腕の中の温もりがなくなった。俯いたままのが逃げるようにして出て行ったので、何も声をかけられないまま去っていったほうを虚しく見つめる。せめて差し入れの感想だけでも言いたかったのに、とサボは彼女が置いていった丸い形のふわふわした食べ物を一気に口の中へ放り込んだ。
 その間、部下達がこぞってもの言いたげな視線を送ってくるので目線だけで「なんだ」と応対する。

「別に〜ただ抱き心地でわかるものなのかなって思っただけです」
「わかる。脇腹や腰のあたりを触ったらすぐに――」
「ちょ、なに言い始めてるんですかっ……さんが聞いたら怒りますよ!」
「もういねェだろ」
「そういう問題じゃないです。大体いいんですかそんなこと言って。みんな想像しますよ、さんの体型とかいろいろ」

 反射的に、手に力が入った。無意識に。

「わ、危ねェっ……! 総長、火っ、火ィ出てます!」
「もう何なんですか、自分のせいでしょう!」
「うるせェ。いま想像した奴ら全員名乗り出ろ」
「あーもう面倒くさいなこの人」

 会議室の中は瞬く間に収拾がつかない状態になった。自ら言っておきながらというのは重々承知の上だったが、自分のことは棚に上げて理不尽な要求を突きつけた。
 その数分後、コアラやハックが来て事情を説明する羽目になったのは言うまでもなく、さらに「くだらないことで騒ぐな」と叱られたのも当然の結果だった。

2023/01/20
抱き心地でちゃんの体調を管理できるサボくん