「なァ。たまにはからしてくれるか?」
これから任務で発つという忙しいときに、サボが訳の分からないことを言い出した。周りが忙しなく船に荷物を積んでいる光景が視界の隅に映り申し訳なく思う中、サボはまったく意に介した様子もなくに向かって首を傾げている。
調査のために本部を離れることはしょっちゅうあるが、発つ前にこんなことを言われたのは初めてだ。一体何をしてくれと言っているのだろう。
「なにを?」
だからわからなくてそう聞いた。何が「たまにはしてくれ」なのか。には皆目見当もつかない。
こちらの返しにサボは平然とした顔で、「キス」と単語だけで答えると意地悪そうに笑った。
「えっ、今……?」
「もちろん。だっておれはこれから任務でお前にしばらく会えないんだぞ。そのくらいもらったっていいだろ? 頼むよ」
サボの腕が肩に置かれ、そのまま首の後ろに回る。囲まれてしまい逃げられなくなった。
後ろからガタガタと積荷を運ぶ兵士が通り過ぎていき、ちらちら見られていることに気づいて恥ずかしくなる。でもこの状態を抜け出す方法が思いつかないから、は困った表情でサボを見上げた。
確かにいつもキスしてくれるのはサボのほうからで、毎回はされるがまま彼に任せている。特に二人きりのときは舌を入れる大人なキスをされるのでついていくのが精いっぱいなのだ。少しずつ慣れてきたと言ってもいいが、それでもにはまだハードルが高くてドキドキしてしまう。サボがくれるキスは甘くて切なくてすぐ脳が溶けていく感覚がするから。
ここで悩んでいても時間は過ぎていくだけだった。出航時間は迫っているし、何より周りの目が気になる。は頼みを聞き入れることにした。
「じゃあ一回だけだよ。少しかがんでくれる?」
「……ん」
肩にあった重みがなくなって、代わりに端正な顔が視界いっぱいに映る。「キスしてほしい」とは言われたが、「どこに」とは指示されていない。だったら――
ふに。という唇とはまた違った感触がしてはどぎまぎした。手で触れるのと、口で触れるのとでは何かが違っていて。柔らかいけれど、筋肉があるから少し戸惑ってしまう。頬へのキスはよく友人や家族への挨拶だと聞くが、サボに対してはそのどれでもない。いや、いずれは家族になれたらって思うけど――でも、まだこの甘くて切なくて、それでいて気恥ずかしさを伴う感情を味わっていたい。
一瞬にして離れたサボの顔色をうかがう。すると、呆けた表情で頬を擦りながら「そうきたか」と意表を突かれたように言った。
「どこって言われなかったから……これじゃダメ?」
「予想外だったが、らしくて可愛いな」
「……っ、もういいでしょ。早く準備しなきゃ――」
「待てよ」
くるりと振り返った刹那、腕を引っ張られてもう一度サボのほうに体が反転する。
あ、という声が漏れたあと、瞼に何かが触れた。
「よし、これでいい」
「これでいいって……」
「礼だよ。ここは帰ってきたときに取っておく」
と、サボの親指が唇に触れた。恥ずかしげもなく言ってのける彼に周りはほとほと呆れている様子だったが、肝心の本人は相変わらずどこ吹く風状態だ。彼の調子に流されてしまうが結局いつも恥ずかしい思いをする。
そういえば、一度だけサボの同僚や部下の人たちがいるにもかかわらずキスをされたことがあったのを思い出しては赤面した。あのときは口にされて、おまけに――って、そんなこと今思い出さなくていいんだって。頭を振って無理やり思考を打ち消した。
彼の黒いコートの袖を掴んだは、航海の無事と任務の成功を祈って口を開く。
「あの、サボ……気をつけてね」
「もちろん。そうだ、帰ったらデートしようか」
「……!、うん。待ってる」
の返事にサボは快活に笑うと、帽子の鍔を掴んで深くかぶりなおす。そうして部下たちの元へ駆けていく大好きな背中を見つめながら、も慌てて積荷運びの手伝いを再開させた。
2023/02/07
たし恋見てみたいエピvol.29
キスしてほしいとねだるサボくん