その任務は久しぶりに過去の記憶を刺激されて苛立ちを覚え、らしくもなく部下に八つ当たりをしてしまった。言ってから我に返って謝罪を一言。頭を冷やすために甲板に出て夜風にあたった。その日以降、サボは誰とも口をきかずに船の上でただひたすらぼうっとしていた。本部までの航路は、順調であれば二週間とかからない。心配する視線をいくつも感じたが、沈黙を貫いたままあえて口を開かず、仲間もそれを察して黙っててくれたことに感謝した。
こうして無事十日後に本部へ到着したときは夜も更けた頃で、積荷を下ろしたり報告書をまとめたりするのはすべて翌日以降という話になった。
部下達への労いもそこそこに、サボは早々と自室へ戻る。ふと気を許した途端、頭の中には今回の任務で経験した嫌な映像が流れる。船上じゃ夢見が悪く、睡眠の質も二年前の記憶を取り戻した以来悪かった。
部屋に戻ったらもう一度風呂に浸かってすべて洗い流そう。すっかり眠気が覚めてしまったサボが自室の扉を開けた時だった。
「あ、お疲れさま。コアラちゃんから連絡もらってたからそろそろ帰ってくるかなって思って待ってた」
遠慮がちな口調で、恋人のが自分を出迎えてくれた。もう深夜と言ってもいい時間帯にもかかわらず、どうやら任務から帰ってくるのを起きて待っていたらしい。コアラがわざわざ連絡してくれたという。
突然のことに驚いて返す言葉を躊躇っていると、「お風呂温めておいたんだけど、入る……?」ぎこちない言い方に違和感を覚えたが、すぐに自分の纏う空気のせいであることに気づき、けれど今何かを口にすれば彼女にまで八つ当たりをしてしまいそうで、結局頷くだけになった。
コート、帽子、手袋。それらを受け取ったがポールハンガーにかけて片づける後ろ姿をじっと見つめる。彼女と二人きりになれば、いつもなら心が穏やかになっていくはずが、今日はなぜかざわざわと落ち着かない。今回の任務が相当堪えているらしい。残像のようにちらつくそれは彼女の後ろ姿と重なって、サボの心を蝕んでいく。そうして気づけば彼女に向かって手を伸ばしていた。
「悪い」
「え、あっ……サボっ?」
先に寝ていいと伝えるつもりだったサボは、しかしまったく正反対の行動をとって、とともに浴室へ向かった。
*
どうやって彼女の衣服をはがしたのだろう。サボにはまったく記憶がなく、気づけば浴室に二人でいて肌と肌が触れ合っていた。せめてこれだけでも、と最初は巻いていたはずのタオルもすでにあまり意味がなくて胸がはだけている。
室内の熱気と熱い吐息。二つが混ざり合って体温がどんどん上がっていく。早く繋がりたくて、不安を払拭してほしくて。いつもより荒々しいキスに、サボを抱くの細い腕が背中に軽く爪を立てた。
「サボっ……ど、したの……なんか変だよ」
唇が離れた隙を見て、が心配そうな瞳を向けてくる。しかしそれに構うことなく、サボはもう一度彼女の唇を塞いだ。角度を変えて、舌を入れて。何度もなんども重ね合わせる。
長い間彼女に触れていなかったことと任務での不快な出来事がサボから余裕を奪っていく。いつもならもっと丁寧に味わうところを、今日は本能のままに彼女を貪っているせいで優しさの欠片もなかった。今ならまだ止められるのに。そう思っている胸の内は、しかし裏腹な行動ばかりをとってエスカレートしていく。
不思議なことに、もまたそれを受け入れようとしていることが自分を抱く微かな腕の動きでわかり、今のこの行為が許されたような気がして、だからサボの手は止まらなかった。明らかにこちらの様子がいつもと違うことに気づいていながら、けれど突き放したりしないのが彼女の優しさであり、逆にそれがサボの胸を苦しくさせる。止めるなんてできないくせに――
唇を離してから彼女の体を反転させると、今度は背中に噛みつくようなキスを落とす。短い悲鳴をあげた彼女がとっさにのけぞったが、後ろから二の腕を掴んで逃げられないように囲う。軽く歯を立てたり、痕を残すくらい強く吸ったり、彼女の白くて綺麗な背骨のラインを舌でなぞったり。呆れるくらい何度も背中を愛撫していく。
段々と足の力が抜けていったがとうとう耐えられなくなって、がくんとその場に崩れ落ちた。浴槽の縁に手をつこうとして、けれど力が入らないらしく右手が呆気なく浴槽の中に入ってちゃぷんと軽い水しぶきをあげる。タオルはもう腹部あたりまで落ちていて、簡単に引きはがせてしまいそうだった。
座り込んでしまったの耳にサボは唇を寄せた。
「悪い、先に謝っておく。今日のおれは余裕がない。だから優しくできねェ……」
「んんっ……」
「ごめん。風呂から出たら一発殴ってもいいから」
「ぁっ……そんなことっ、できないよ……」
何かあったんでしょう? 大丈夫。ぜんぶ、受け止めるから。大丈夫だよサボ。
振り返ったが荒い呼吸をしながらそう紡いだ。眉を下げて笑う彼女に胸が張り裂けそうになる。たまらず、サボは彼女を目いっぱい抱きしめると、「悪い」もう一度謝ってからタオルをはいでいき、羞恥と蒸気で火照る身体に触れた。
たまに、の物分かりが良すぎて怖くなるときがある。でも今だけはその優しさに縋っていたくて、サボはその晩何度も彼女を抱いた。
2023/02/13
たし恋見てみたいエピvol.30
余裕のないサボくんとお風呂で