腕の中の温もりが急になくなって、サボは寂しさと同時に行き場のない欲望が腹の中をのたうち回る変な感覚を味わっていた。すぐそばにあるのに、それ以上触れられないというのは言い難い苦痛を伴い、それはある意味で拷問にも似ている。
「まだ一緒にいたいけど……明日も早いからもう行くね。おやすみ」
振り返ったが名残惜しそうに部屋を出ていく。そんな顔されたら引き止めたくなる。手を伸ばしたくなる。しかし、サボは笑顔で「おやすみ」と挨拶だけ返して彼女に向かって飛び出そうとする欲望を必死に押しとどめた。ばたん、と扉の閉まる音が虚しく響く。
取り残された部屋で一人ベッドに腰を下ろしたサボは長いため息を吐き出して天井を見つめた。
互いの部屋を行き来するようになって、キスもするようになって、数週間が経とうとしていた。つい先日は、初めてが自分のベッドで寝っ転がる姿を見た。あのとき、ともすれば暴走しそうだった本能を、サボは理性を総動員して何事もなく終わらせた。キスはしたがそれだけだ。
「。おれは――」
一瞬、脳内に浮かんだのあられもない姿にサボは戦慄した。「何してんだッ……」乱暴に頭を掻いて振り払う。けれど、一枚また一枚と身ぐるみを剥がされて頬を染めながら自分を見つめる彼女をはっきりと想像してしまう。下着姿どころか寝間着さえも見たことないというのに。
サボの手によって暴かれていくをこの目で見ることができる日が訪れたとき、自分はどうなってしまうのだろう。いつ来るかもわからない"その時"を想像して、サボの心はかき乱された。疲れているにもかかわらず、目が覚めてしまって眠れそうにない。
*
「あれ総長。ちょっと疲れてます?」
あくびをかみ殺したと思ったが、しっかり見られていて部下に指摘された。訓練時間の合間、休憩で地べたに座り込んでいたときだった。隣に腰を下ろした彼が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「……少し、寝不足なだけだ」
「寝不足? でも昨日は日付変わる前に――あ〜そういうことですか」
「……」
説明するより早く合点がいったみたいな顔をしてだらしなく笑った部下に嫌な予感がする。まったく違う想像をしている彼に、サボは「違ェよ」とすかさず否定した。すると、つまらそうに唇を尖らせたので彼のわかりやすい態度に苦笑する。
「なんだ。ついにさんと一線を越えたのかと」
「期待に応えられなくて悪かったな」
「いや、別に謝る必要はないんですけど……好きな女性が自分の部屋にいるのに手を出せない状況って結構つらくないですか」
今度は茶化すような口調ではなく、憐れんだ表情を向けられてサボはたじろいだ。同じ男同士、わかることがあるのだろう。こういうとき、年齢の近い連中は気持ちを汲み取ってくれるからありがたい。冷やかしは鬱陶しく思うが。
「……まァな。けど、待つしかねェだろ? あいつの嫌がることはしたくねェんだ」
「そんな聖人みたいなこと言って、さんとのこと想像してません? 彼女が帰ったあとに」
「……」
「なるほど。ちょっと鎌をかけただけなんですが、総長も健全な男ということがわかっておれは嬉しいです」
「何も言ってねェが」
「無言は肯定だって昔から言われてるじゃないですか。実際そうなんでしょ?」
ニヤッと確信に満ちた笑みを浮かべて聞いてくる彼に思わず口をつぐんだが、答えなくても肯定と捉えられてしまうならどっちみち同じだ。
実際に、サボはあれから何度も"もし"を想像してはかき消していた。が恥じらう姿、乱れていく姿、啼いている声、潤んだ瞳、誰にもさらけ出したことのない身体。すべて想像でしかないのに、鮮明に映像として再生されてしまうのをどうにかやめたくてほかのことを始めても、彼女の残り香を感じ取った瞬間再び浮かび上がってくる。
「まあ男なら当然っちゃ当然っすよね。ずっと好きだった女性なら尚更。でも我慢すればするほど、逆に燃えません?」
その時の喜びもひとしおって感じで。
なぜか楽しそうに話す部下を、サボは訝しげに見つめてからふと自身に問いかけてみる。幼少期にと出会って将来を誓ってから、ほかの女性と一切そういう関係になったことがなく(向こうから声をかけられることはあったが、すべて断っていた)、再会してから十七年という長い空白の穴を埋めるように彼女とあらゆる”はじめて”を経験しているサボにとって、どれもが新鮮で次から次へと新しい感情が湧き起こる。からかわれるだろうから部下には言わないが、まるで初恋をした少年のような心地なのだ。実際サボの初恋相手は彼女だから表現としては間違っていない。
とはいえ、年齢的にはもう大人なので表立って慌てたり、はしゃいだりすることはなかった。喜びを噛みしめるのは自分の心の中だけでいい。きっと、だからキスより先のことも同じように新しい感情が生まれる確信はある。それこそ思春期の少年みたいで笑えるが、を見ているとそれでもいいと思えた。ゆっくり、自分たちのペースで。
「そうかもしれねェな」
「でしょう? それにこっちもいろいろ準備できるじゃないですか。このときはああしてーとか、こういうときはこうしてーとか」
「……くだらねェぞ」
「今さらかまととぶらないでください。さんで抜いてるくせに」
「……」
「健全な男が、お預け食らって何もしないで夜を過ごせるなんて思ったら大間違いです。エロ本も持ってないのにどうやって処理してるかなんてすぐわかりますよ」
すべてお見通しみたいな顔をされて思わずむっとする。非常に不本意だが、男というのは生理現象に逆らえない生き物だ。が部屋から帰ったあと、だから当然のように反応してしまうのは仕方ないことだった。隠しているというわけではないものの、改めて指摘されるとプライベートを暴かれているみたいでむずがゆい。「いいだろ別に」と不貞腐れた返しをしてしまい、余計に決まりが悪くなった。
「ダメなんて言ってないですよ。男なら普通だし、からかってるとかじゃないですからね。おれ達は総長に幸せになってもらいたいから、これでもさんとのこと応援してるんです」
「それは……わかってる」
「まあそのうちチャンスは来ますって。それにしてもさんって初心でかわいいですね。この前すれ違ったときに総長とのことを言ったら顔を真っ赤にして慌てちゃって、大量の書類を床にばら撒いてたから申し訳ないことしたなーって……あれ、この話しませんでしたっけ」
とぼけたように頭を掻く部下が憎らしい。なんだそれ、聞いてねェぞ。おれの知らないところでに何を言ったんだ。初心でかわいい? そんなこと知ってる。お前が言うな。
青筋を立てて、サボは部下に詰め寄った。
「その話、詳しく聞かせてくれよ」
2023/07/27
たし恋見てみたいエピvol.34
初体験を意識するサボくん