無防備なきみに告ぐ

「総長、朝からすみません。実はお聞きしたいことがあるんですけどよろしいですか?」

 "彼"は半年ほど前に革命軍に入隊したばかりの新人だったが、処理能力の高さからすぐに参謀総長であるサボの部下として働くことになった。
 とはいえ、革命軍のことに関してはまだまだ素人なのである。わからないことは当然あったし、聞かずに進められる仕事も少なくない。本来ならば、忙しい身のサボに聞くことはあまり適切ではないにしろ、こちらの判断で勝手に事を進めて後から手違いが発生するほうが迷惑というものだ。周りよりスタートが遅れている分、早めに来て一つずつ覚えていく作業をしていた。
 というわけで、"彼"は始業時間を過ぎたあたりを見計らってサボの部屋を訪ねた。昨日も日付が変わるまで仕事をしていたので、ほかの人より少しだけ開始時間をずらしたらしいのだ。だからいま執務室ではなく、プライベートの部屋にいるだろうと踏んでここまで来たのである。まだ起きていない可能性も考えられたが、それならそれで出直せばいいだけなので問題ないだろう。そう思って返事を待っていると、しばらくしてからカチャとドアノブが回ったので起きているのだと胸を撫でおろしたとき、

「えっと、サボに用事ですか? ごめんなさい。彼はまだ寝ているんですけど、起こしましょうか」

 しかし、中から出てきたのはサボではなく小柄で可愛らしい女性だった。半年しか所属していない"彼"でさえ知っている人――名前はたしか、だったか――である。
 髪や顔こそ整えられているものの、首から下は大きなシャツ一枚という心許ない格好で"彼"は思わずぎょっとして一歩引いた。見てはいけないとわかりつつ、視線は空気にさらされている下半身に釘付けになる。下着こそ見えていないが、大腿部の三分の二くらいは見えてしまっていた。どう考えてもこのシャツは彼女のものではなく、この部屋の主のものだった。
 そこまで思考を巡らせたところで、ハッとして"彼"は「すみません! さんがいらっしゃるとは思わず失礼しました。どうしてもわからないことがあって総長にお尋ねしようとこちらをうかがった次第でして……」不埒な想像をかなぐり捨てて、ここへ来た理由を説明した。

「こちらこそ、せっかく訪ねてきてくださったのにごめんなさい。でももうすぐ起きると思うので伝えておきますね。お名前うかがってもよろしいですか?」

 格好と言葉遣いのギャップがあまりにも強くて"彼"は呆気にとられたまま答えた。一刻も早くここを離れなければという思いが先を急がせ、名前と用件を軽く伝えて部屋を後にする。

「ん〜〜……」

 踵を返した直後、扉が閉まる前にくぐもった声が耳に届いた。声の主は言われずともわかる参謀総長本人だ。起きたのか寝言なのかわからないが、普段の彼からは想像もできないほど甘ったるい響きを含んでいて自分が呼ばれたわけでもないのに頬がかっと熱くなった。
 居ても立っても居られず、"彼"はその場を小走りで去り、仕事場へ戻る。
 初めて見た光景に、頬の熱はまだ治まりそうにない。心臓の鼓動がやけに激しく打っていてうるさい。どうしてくれよう。





「あれ? お前総長の部屋に行ったんじゃなかったか」

 急いでサボの部屋から戻って来た"彼"は息を切らしながら手で顔の周りを扇ぐ。走ってきたことも関係あるが、違う意味で熱が残っていた。そんな様子を見て先輩が不思議そうにしながら声をかけてきたのだ。

「いや、それが――」

 かくかくしかじか、訳を説明した。訪ねて行ったらサボの恋人が応対したことを(彼のシャツを着ていたことは秘密だ)。

「あーお前も見ちまったのか。ご愁傷様だなそりゃ」

 "彼"よりも長くサボを支えてきた先輩は苦笑しながら、けれどどこか温かみのある表情でそう言った。そして「お前も」という言葉に気がついて、おずおずとその意味を尋ねる。わかりきっているのに聞かずにはいられない。興味本位だった。

「あの人、朝は大体さんと一緒なんだ。意味はわかるだろ?」と、なぜかニヤニヤしながら言うから思春期の少年のように赤面してしまった。これでももうすぐ二十歳になるというのに。
「……それくらいわかりますって。でも彼女も通信部で仕事してるって聞いてましたけど」
 言ってから気づく。そうだ。サボはともかく、彼女まで仕事の時間をずらしているのはいささかおかしな話だ。参謀総長と彼女とでは作業量も違うはずなのだから。

「まァな。けど、通信部のとこの室長が直々に許可を出したって話だ。おれ達は総長が裏で根回ししたと思ってる。あの人、そういうずる賢いとこあるんだよなあ」

 呆れながら、先輩は一度止めていた作業の手を再び動かした。
 まるで総長が片時も離れたくないように聞こえる。どうやら彼女もそういう日は遅れてきた分、残って作業をしていくらしいのだが、何もそこまでしなくても、とは思う。聞けば「世話になっている分はきちんと働いて返したい」そうだ。先ほどの丁寧な応対の仕方を見ても、律儀な人だと感じる。あれで元貴族と聞いたから、"彼"の中で貴族という存在がよくわからなくなった。

「自慢するくせに見るなって意味わからねェこと言うし……自分のシャツ着せといてよく言うよ」
「あ、やっぱり先輩も見てしまったんですね」
「一度だけな。おれのときは総長が対応してくれたけど、部屋の奥が見えちまったもんは仕方ねェだろ?」
「なんだか意外です。おれ、任務で活躍する総長しか知らなかったので」

 "彼"が知る参謀総長のサボは、噂通り要件人間だった。必要最低限のことを話すと、すぐそこで会話を切り上げる。あとは義弟である麦わらのルフィのピンチになると、立場を忘れて単独行動をしてしまうらしいということ(この話は幹部のコアラさんが言っていた)。過保護に見えるが、弟の力を信頼した上で、それを邪魔する者は許さないといったスタンスでいる。弟が自由に動けるようバックアップしているのだ。
 だが、彼女の場合はどうだろう。想像していたよりはるかに溺愛しているように思う。いや、それは構わないのだがどうも調子が狂う。仕事とプライベートでギャップがありすぎる!

「記憶を取り戻してからさんが見つかるまでは焦ったり余裕がなかったりすることもあったが、今じゃ彼女がいるおかげで総長の作業効率が上がるからおれ達としては嬉しい限りだよ。人って守るものが多いほうが強くなるって言うし」
「まあそれはわかりますけど……でも、あの格好で対応されたおれの気持ちもちょっとは考えてくださいよ!」

 "彼"の悲痛な嘆きの声はしばらく続く。


*


「で? その格好のまま出たのか?」
「……」
「無言は肯定だって言ってるだろ」
「着替える余裕がなくて……」
「待たせておけばいい」

 理不尽なことを言うサボに、は困り果てた。ベッドの上で正座をして、一体自分は何をしているのだろう。
 十五分ほど前、サボの部下が聞きたいことがあると部屋を訪ねてきたのだが、あいにく当の本人が寝ていたのでが対応した。確かにいくら本部とは言っても、この格好はなかったかもしれない。サボの部屋だから、近くに彼がいると思うとどうも警戒心が緩んでしまう。間違いは起きないとわかりつつ、彼はいつもを心配する。

「あの、本当にごめんなさい」
「その格好はおれの特権だ。誰にも見せるな」
「うん」
「小せェんだから、余計かわいく見えちまう」

 小さいことをかわいいと言われるのは、的には不服なのだが、彼にかわいいと思ってもらえているならそれも別にいい。
 サボの提案で着ているシャツは、彼の言う通り確かに小柄な自分にはぶかぶかだった。初めて着たときは違和感があったものの、徐々に親しみを覚えるようになり、今では当たり前のように脱ぎ捨てられた彼のシャツを勝手に拝借している。それに気づいたこともあるのだ。

「でもなんだか安心するよ、すごく。サボに抱きしめられてるみたいで」

 本心からそう思っているので、だから真面目に言ったのにサボの反応はイマイチだった。てっきり喜んでくれるとばかり思っていたのだが、あろうことか彼の表情は少し歪んでいた。不貞腐れた顔を無理やり作った感じに見える。あれ、でも心なしか顔が赤いような――

「お前ずるいぞ。そうやって言えばおれが許すと思ってんだろ」
「ねえ……もしかして、照れてる?」
「照れてねェ。もういい、怒る気が失せた」

 そっぽを向いてベッドから離れたサボがおかしくて、は時々彼に対して抱く「かわいい」という感覚が急に湧き起こって、とっさに彼のベルトループを引っ張った。が、中途半端な体勢のまま引っ張ったせいで着ていたシャツに足が引っかかり、ベッドから落ちそうになる。

「危ねっ……」
「わ、ごめんねっ……」

 反射神経の良いサボがの脇を抱えてくれたおかげで事なきを得た。支えられながらゆっくりベッドから足を下ろして彼の前に立つ。顔を上げると、眉間を寄せたサボと目が合った。

「ちゃんと足元見てから動かねェと今みたいに転ぶから気をつけろ」
「ごめん。顔を赤くするサボがかわいくてつい……」
「お前なーおれをからかうとどうなるか知ってるくせに。それともそういうことされてェのか?」
「え……っ」

 突然、何かがの太腿に触れた。するっと撫でていくそれは間違いなく手の感触。サボの不敵な笑みとともにその手は段々這い上がって、ついには付け根にたどり着いた。

「ちがっ……そんなつもりない!」慌ててサボから距離を取って離れる。
「なんだ。違ェのか」

 残念そうにしつつもケラケラ笑っているサボはどこまで本気なのかわからなかった。せっかく赤面する珍しい彼を見れたと思ったら、もういつもの姿でちょっと落胆する。
 そうして何事もなく身支度を始めたサボを恨めしげに見つめて、渋々も仕事へ向かう準備を始めるのだった。

2023/03/11
たし恋見てみたいエピvol.32
不意打ち発言に赤面するサボくん