通信部の連中がは保護施設に行ったというので、後を追いかけるようにサボは施設へ向かった。仕事がきりのいいところまで片付いたので今日は早めに切り上げて彼女との時間を取ろうと思ったが、サボよりも先に仕事を終えて子どもに会いに行ったらしい。楽しそうに通信室を出ていく姿が想像できて笑ってしまう。
渡り廊下を通って施設まで来たサボが中をのぞこうとしたとき、「大きくなったらおれと結婚してほしい」という衝撃的な発言が耳に飛び込んできてその場でピタリと体が止まった。しかし誰が誰にそんな愛の告白をしているのか気になって音を立てないように息をひそめて中をのぞく。
発言した男子は黒髪のやんちゃそうな背の高い少年だったが、問題はその相手だった。彼が頬を染めている相手はサボもよく知るである。こちらからだと男子の真剣な表情しか見えず、彼女は背中だけでどういう反応しているのかまったくわからない。子どものくせに一丁前なことを言って女を口説くとは侮れないものだ。というより――あいつ、ガキにもモテるのか。
ちょっと面白くない。いや、見る目があるのは認めるが。子どもといえど見た目からして十二、三歳だろう。だとすれば立派な男として扱っていい。革命軍にいる兵士はそのくらいの年齢から訓練を受けている者も多いし、サボの中で彼らは年齢に関係なく革命軍に在籍している以上同等に扱うべき存在だと考えている。
サボはが彼にどういう言葉で返事をするのか気になって落ち着かなかった。優しい彼女のことだから子どもとはいえ傷つけないように「大きくなっても気持ちが変わらなければ」といったことを言うのかもしれない。方便だとしても恋人としては面白くないが、ここに通っている以上建前は必要だろう。
そう考えていたサボの予想は、けれど大きく外れることとなる。
「ありがとう。リュカくんの気持ちは嬉しいけど、私にはもうずっと昔から心に決めた人がいるんだ」
それは、凛としていてとても澄んだ声だった。その場しのぎで答えることもできただろうに、彼女は一切濁さずに答えていた。
――なんだよそれ。
緊張がほどけたせいか、力が抜けてずるずるとしゃがみ込む。顔を覆って形容しがたい感情をどうにか押しとどめようとする。素直に喜びたい気持ちと、たかだか十二歳程度のガキと張り合おうとしていた幼い自分への決まりの悪さ。の心は揺るがないのだから、子どもの言うことなんて気にする必要ないのに。彼女が向ける感情はすべて自分じゃなければ許せないと、サボはどこかで思っている。保護施設の子どもだろうと好きになった相手が「」なら当然のことだと。
そのあとに「結婚はね、その人とするって決めてるの。ごめんね」と続けた彼女に、いよいよサボの口元はだらしなく緩む。この場に誰もいなくてよかった。部下のいる前じゃ、揶揄われるのが目に見えている。壁に背を預けて深い息を吐いた。
――、そういう可愛いことはおれの前で言ってくれ。
ゆっくり立ち上がって、結局施設の中には入らず踵を返した。本当なら今すぐあの場にいって抱きしめたかったが、会わないほうがいいだろう。この昂る感情が溢れてしまいそうだったから。
*
「お前が、サボ……?」
唐突に名前を呼ばれて振り返ると、見覚えのある少年が立っていた。顔に傷を作った危なっかしい感じの黒髪の男子。先日に結婚してほしいと申し入れていた奴。十二歳の割に大人顔負けの凛々しい顔とどこか好戦的な表情は、相手がサボだからだろうか。
偶然施設に用があって、それを済ませた帰りのことだった。広場を通った際に、数人の女の子に囲まれたかと思うと「おねえちゃんのすきな人」と大声で叫ばれ、素通りすることができなくなった。彼女の名前を出された上に、「好きな人」と言われてしまえば立ち止まざるを得ない。
女の子たちはどうやらから自分の話を聞いているようだった。これからけっこんするんでしょと無邪気な瞳に問われて得意げに「まあな」と相槌を打つ。「さぼくん」と名前まで知られていることには驚いた。施設には何度か顔を出しているが、子どもたちと交流を持ったことはない。
そうして彼女たちと話していると、後からやってきた一人の少年がサボの顔を見て会話に混ざってきたのだ。
「はじめましてと言いたいところだが、おれもお前のこと知ってるぞ」
「え?」
「一丁前にに結婚を申し込んでた奴だろ」
「なッ……」
名前は確かリュカと言ったか。サボの指摘に顔を真っ赤に染めてあからさまに動揺しはじめたところは、まだまだ子どもだと感じられる。
しかしこのくらいの年齢になると、好きな異性に心を奪われることもままある。彼らは一般的な日常とはかけ離れた生活を送っているが、人を好きになる感情は自然と芽生えるものだ。が健気に足繁く通って面倒を見ていたとなれば、子どもたちにとっては当然優しい大人に映るだろう。好きになる奴が現れてもおかしくない。
「聞いてたのかよっ……」
「偶然だ」
リュカはばつが悪そうにそっぽを向いた。それもそうか。いま目の前にいるのは、恋敵である前にの恋人だ。そういう相手がいるとは知らなかったのだろうが、恋人を差し置いて「結婚」を申し込んだことは一応彼の中で失態だという認識があるらしい。
「なんだよ、おれを怒りに来たのか」的外れな質問に吹き出しそうになる。怒る? まあ多少は面白くなかったが、そんな大人げないことをするつもりはない。サボは不敵に笑ってリュカを見つめた。
「十二歳だったか? 見る目あるな」
「はあ?」
「ここに来る女は何もだけじゃねェだろ? その中であいつに惚れたのは見る目あるって言ってんだ」
「なんだそれ、大人だからって余裕ぶってムカつく!」
ムキになったリュカが目くじらを立てて背中を向けた――と思ったらなぜか振り返って、「を幸せにできなかったらおれがもらうからな。ばーか!」捨て台詞のような悪態をついて、リュカはバタバタと中庭に続く引き戸へ駆けていった。
広場にはサボと数人の女子たちと、いつからいたのか苦笑を浮かべた施設長だけが残された。
「バカはお前だ。あいつを幸せにできるのはこの世でおれだけに決まってるだろ。それと、を呼び捨てにするな」
すでにその姿はない勇敢な、けれど小生意気な少年に向かって、サボはやれやれといったふうに独りごちた。
2023/06/11
保護施設の子たちとの話2