かわいいのはだあれ?

「えっと……サボ、だよね……?」

 が屈んでサボと同じ目線の高さになった。いつもならこちらが見下ろす側なのに、今日は彼女のほうが自分に合わせる形になって気まずい。不思議そうな顔をしてまじまじと見つめられると無性に逃げたくなるのだが、見られてしまった以上今さら足掻いても何の意味もなかった。

「……ああ、おれだ」
「何をどう言えばいいのかわからないけど……小さくなった理由は?」

 問われて、サボの脳内には昨日の夕食時のことが再生される。思い当たる節なら一つだけあった。
 部下が任務の帰還中に立ち寄った島で買ったという地酒を飲んだ。聞いたことのない地名の酒を、「うまくて安い」の言葉に乗せられて露店で売っていたものを買ったという。一応試飲してきたというから、サボは部下を信じて口に含んだ。辛さはあるものの、つまみと食えば程よくまろやかになって比較的飲みやすい味だった。美味しいか否かで言うと、「普通」なのだが。
 こうして夜更けの夕食を終えたサボは自室でそのまま熟睡し、朝起きてみればこの状態だったわけである。普段通りに行動しようとした途端、ベッドから転げ落ち、訳が分からないまま立ち上がるとやけに見える景色が低いことに違和感を覚えて、ようやく自身の体に目を向けてその正体に気づいた。
 どうやら自分は何かの副作用で体が幼児化してしまったらしい。その事実に気づいてどうするべきか悩んでいるうちに、が訪ねてきたのだ。

「昨日、部下からもらった聞いたことのねェ酒を飲んだ。原因があるとしたらそれだ」
「お酒か……そのお酒は今どこにあるの?」
「厨房に預けてきたよ」
「そう……」

 考える仕草をするが大きく見えるのも、本当に自分が縮んでしまったせいなのだろう。未だその姿を確認することができていないので(鏡の高さに身長が届かない)拭えない不安はあるものの、彼女が驚くのもそこそこにすぐ適応しているからか、サボも慌てずに済んでいる。
 しばらく考え込んでいた彼女がようやく顔を上げると、何かをひらめいたように「とりあえず今日はここで仕事しよう。書類仕事だけならここでもできるよね。私がサポートする」そのままこちらに近寄ってきたので、思わず身構えた。

「うわっ」

 何をされるのかと思えば、に抱き上げられて驚愕する。普段なら絶対にあり得ないことに、サボは眩暈を起こしそうになった。「降ろしてくれ」という言葉も虚しく、彼女にされるがままベッドまで運ばれた。





「なんでおれがの膝の上に座らなきゃいけねェんだ」

 ペンを走らせる音と紙の擦れる音。小さな物音だけが延々と続く室内の空気に耐えられず、サボはとうとう文句を垂れた。

「仕方ないでしょ、こうしなきゃ今のサボは座高が届かないんだから。それに……私はサボのお母さんみたいな気分で嬉しいっていうか、サボがかわいくていいなって思ってる」
「……お前、楽しんでるだろ」

 くるりと振り向いての顔を確認すると、彼女はばつが悪そうに視線をそらした。わかりやすい反応だ。だが、「お母さん」と言われるのは気に食わなかった。彼女の子どもになった覚えはない。

「そ、そんなこと……ごめん、少しあります。だって、あの頃を思い出してちょっと懐かしくて」

 嘘がつけないからか、すぐに認めたの口元は若干緩んでいる。どうも昔の記憶をくすぐられたようで、楽しそうにそう言った。
 サボはいま彼女の膝の上で仕事をしていた。椅子に腰かけた彼女の上に自分が座ると、非常に不本意だがテーブルに手をのせることができ、書類仕事も可能だからだ。当の彼女はサボが確認した書類をまとめつつ、通信部の仕事を持ち込んで同じように作業している。
 見た目こそ子どもの姿とはいえ、精神的には今の状態と変わらないからまったく落ち着かない。部下にこんな姿を見られた日には、もう彼らの前で何も言えなくなってしまいそうで頭の中はいつ元に戻るのかという不安でいっぱいだった。

「なっちまったもんは仕方ねェけど、絶対あいつらには言うなよ?」
「……どうして?」
「おれがこんな姿になって、恋人の膝の上に乗らなきゃ仕事もできねェなんて体裁が悪ィに決まってるだろ。それにあいつらのことだ、話のネタにして――って、まさかもう知られちまってるのか?」

 が黙ったまま申し訳なさそうな顔をした。どうやら先ほど書類を取りに執務室へ行ったとき、事情を聞かれて正直に説明してしまったらしい。彼女の美徳ではあるが、こういうとき裏目に出る。隠し事が下手なのだ。

「ごめんなさい。でも部屋には近づかないでくださいって言っておいたよ、やっぱり見られたくないだろうから」
「そうか……」

 あいつらがそれを守ってくれりゃいいけどな。胸中で不安を呟いてから書類に視線を戻す。この体じゃ訓練にも参加できやしない。
 時々、の手が視界に入る。改めてみると、今の自分は手の大きさも彼女より小さくて情けなかった。拳を握ったり開いたりしてから、力を入れて竜爪拳の形を作ってみる。威力はどのくらいなのだろう。ふと、そんなことが気になってサボの集中力はあっという間に途切れていく。

「サボ、さっきから同じ書類ばっかり見てる。集中力切れたの? そろそろお昼にする?」

 クスクスと笑い声が頭上から聞こえる。そうか、が後ろにいるということは自分の行動もすべて見えているということだ。心なしか彼女の態度は子どもに対するそれと同じでだいぶ面白くないのだが。
 時計の針はちょうど昼時を指していた。一度途切れた集中力はこのまま仕事を続けていても効率が上がらないだろう。であれば、彼女の言う通り昼メシにして仕切りなおすほうがいい。
 サボが振り返って頷くと、やさしい顔をしたが「じゃあ持ってくるから待っててね」と自分を下ろして食堂に向かっていった。その言い方もやっぱり子どもを相手にしているように聞こえて仕方なかった。





 せめて食事のときくらいは向かい合わせにしてくれと懇願したら、はあっさり承諾した。丸いテーブルを挟んで彼女は静かに食している。今日はクリーム系のパスタだった。最近彼女の中でブームなのか、味を変えているもののパスタばかり選んでいる。
 サボはといえば、本を二冊尻に敷いてようやくテーブルから顔を出せる、かつ手も届くというなんとも惨めな格好だったが、恋人の膝の上に乗るよりマシだろう。それに、最初は自分が小さいことだけに卑屈になっていたのが、今はが大きく見えるという不思議な感覚を味わっていた。それは奇異な現象でも起きない限りあり得ないことで、どうあっても体格的に覆らない事実だからだ。
 突然、パスタに集中していた彼女の顔がこちらに向けられる。ぎょっとして、サボはとっさに自分の皿に目を移した。やべ、見てるのバレたか?

「ふふ、口にソースがついてる」

 しかし、が指摘したのはまったく関係ないことだった。どうやら手元を見ていなかったせいで、自身のことが疎かになっていたらしい。

「……このあたりか?」
「違うちがう、逆だよ。あーそんなことしたら余計に――」

 が席を立ってこちらに向かってくる。しゃがんだ彼女はそのまま自分のハンカチを取り出すと、サボの口元をさっと拭った。あまりにも一瞬のことで最初は何が起きたのかわからなかったが、汚れを拭き取ってもらったことに加えて彼女自身の香りが鼻をかすめて、サボはかあっと頬を染めた。

「かわいい。今のサボがそのまま小さくなっただけっていうのも不思議だね、あのときとはやっぱり違うかも」

 かわいいな、抱きしめたい。
 ニコニコしながら言いたい放題の彼女にサボはあからさまに不機嫌な顔を作った。かわいいと言われるのは嬉しくないと前にも言ったはずだが、今のこの姿じゃ何をしても「かわいい」で片づけられてしまうのは目に見えている。
 ――くそーあとで覚えてろよ。かわいいって言ったこと後悔させてやるからな。
 楽しそうに自分の世話を焼くを恨めしげに見つめながら、渋々彼女の胸に大人しく抱かれた。


*


 が蛇に睨まれた蛙のように肩をすくめて震えている。ようやく彼女を見下ろすことができて、サボは征服欲が少しずつ満たされていくのを感じていた。元に戻って終わりというわけではないことを彼女にわからせる必要がある。

「逃げるなよ。ちょうど業務終了時間だ」
「私、やることがっ……」

 掴んだ両手をまとめて壁に縫いつけて体を密着させる。そのままぐいっと顔を近づけてからの耳元で一言。

「散々おれのことかわいいって言ってたよな。けど、本当に"かわいい"のはだってこと今からわからせてやる」
「ッ……ごめっ、謝るから……ひゃっ、」

 耳の輪郭を指でなぞる。くすぐるように内側と外側を往復して、最後はかぷりと歯を立てて刺激を送る。小動物みたいに震えながらぎゅっと目を閉じているは、先ほどと立場が逆転し、されるがままになっていた。

「もう顔が真っ赤だ。かわいい」
「……ッ、ねえサボ待って、」
「待たねェ。言っただろ? わからせてやるって」

 もう無理だって泣くほど啼かせるつもりだから覚悟しとけ。
 その言葉を歯切りに、サボは熟れた赤い実のようなぽってりした唇に噛みついた。

2023/06/18
見てみたいエピvol.33
小さくなったサボくん