コアラちゃんの誕生日2023

「コアラちゃん、改めてお誕生日おめでとう! はいこれプレゼント」

 夜八時過ぎ、フレイヤはコアラの部屋を訪ねていた。
 今日は彼女の誕生日。祝いの言葉は今朝、顔を合わせたときに伝えていたが、残念ながら仕事で一緒に祝える時間がなく、こうして夜になってしまった。

「わ、ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん」

 机の上に紙袋を置いたコアラは、中から鮮やかな赤みの強い黄色の包装紙に包まれた長方形の箱を取り出した。
 彼女が愛用しているブランドから新作ハンドクリームが今月の中旬に発売するという情報を手に入れていたフレイヤは、前もって予約をしておき一週間前に受け取ってきた。二種類あって一つは柑橘系、もう一つはバラ。肌にやさしく、保湿効果もある。これからの季節にぴったりの商品だった。
 箱を開けた瞬間、彼女の驚きと興奮に満ちた表情が嬉しくて思わずフレイヤの頬も緩む。

「コアラちゃん、そこのコスメ愛用してるよね。新作でハンドクリームを出すって聞いて予約しておいたの」
「うわ〜嬉しい〜〜! 寝る前に早速使わせてもらうね、ありがとう!」
「喜んでもらえてよかった」

 コアラの綻ぶ顔を見て、フレイヤもまた笑顔になる。サボとはこういう話ができないし、彼女だからこそ盛り上がることができるので忙しい合間のお洒落に関する情報交換はフレイヤにとっても大切だ。嬉々として箱から商品を取り出し「今日はどっちにしようかな」なんて悩む姿もかわいい。フレイヤはしばらくその様子を黙って見つめていた。
 ところが、しばらくして彼女がふと顔を上げたかと思うとこちらをじっと見てくるので、フレイヤはたじろいでどうしたのかと尋ねる。

「ねえ、フレイヤはいつも差し入れとかこういうプレゼントをくれるけど、フレイヤの誕生日を祝ったことないよね。いつなの?」
「私の誕生日なんて気にしないで。ほら、一時的にここにいる居候みたいなものだから」
「……もしかして、あまり良い思い出がない?」
「……」

 なんて返したらいいのかわからなかった。頷いてしまえば、確実にコアラは心配してせっかくの誕生日を暗い話で台無しにするし、首を振ったら優しい彼女のことだから「じゃあ今度みんなで祝おう」と言うに違いない。けど――祝ってもらえなくても、もうすごく大きなプレゼントをフレイヤはもらっている。これ以上、望むものなんてない。望んだらきっとダメだ。
 迷った末にフレイヤは「本当にいいの。気持ちだけもらっておくね」と質問には答えず、無理やり話題をそらした。


*


「ねえサボ君。フレイヤの誕生日のことだけど何か事情――って、なにその顔」

 誕生日翌日。コアラは執務室で上司と仕事をしていた。昨日はフレイヤから祝ってもらったことが嬉しかった反面、自身の誕生日に対する態度が気になって事情を知っている可能性が一番高いサボに聞いてみたのだが、彼の表情はすぐれない。
 面白くなさそうに頬杖をついて眉をひそめる。

「前に聞いたらはぐらかされたんだよ」
「そう……サボ君にも話してないんだ」

 どうやら彼も知らないようだった。自身の誕生日を祝ってもらったときに聞いたらしいが、コアラのときと同じように「私のことは気にしないで」とあしらわれたという。以降は触れたくても触れられない話となっているようだ。
 フレイヤは以前から貴族時代のことを話そうとしなかった。思い出したくない過去なのかもしれない、自分にもそういう過去があるから気持ちはわかる。しかし誕生日を教えてくれない理由としてはあまり納得いかなかった。以前の刺繍と同様、思い出は塗り替えていけるものなのに。

「正直しんどい……あれだけ献身的に祝ってくれたフレイヤに返す機会がねェってのは」
「まあフレイヤは見返りを求めて祝ったわけじゃないだろうけど。でも……気になるよね」
「ほかに理由があるのかもしれねェな」
「自分のことを一時的な居候って言ってた。そんなふうに思わなくていいのに」

 と、彼の表情が明らかに曇った。それは怒っているときの表情に似ている。彼はフレイヤ以上に、フレイヤを卑下する言葉を嫌う節があるので、それがたとえ本人だろうと許せないのだろう。

「……そうか。わかった」

 一段と低い音程で呟くと、もうその話はしたくないとでもいうように彼は仕事を再開させるのだった。

2023/10/26
コアラちゃんの誕生日を祝う夢主と翌日の話