いい夫婦の日2023

「サボ、無理しなくていいんだよ。今日はカフェが休みだったから私がやるし、座ってて」

 隣に立つサボにそう伝えたが、彼は聞く耳を持たず「大丈夫」の一点張り。洗い物が早く片付くのは嬉しいものの、仕事から帰ってきて疲れているだろうにこうして食器を拭いている。少し乱雑で拭き残しがあるところを見ると、やっぱり休んでていいよと言いたくなってしまうのだけれど。
 一生懸命に作業をしている彼の視線は、ところがフレイヤをじっと見ていた。近くにいると余計に突き刺さるものを感じるので若干居心地が悪い。

「あの……サボ。さっきからすごい見てるけど、私に何かついてる……?」
「え、あー……違う。そうじゃなくて、つまり――」

 珍しく歯切れの悪い言い方だった。たまに、サボはばつが悪いときこんなふうに言い淀むことがある。良い意味で歳上にも物怖じしない態度をとるのに、実はこういう可愛らしい一面もあったりするのだ。

「私には言いづらいこと?」

 詰め寄って問いかける。普段はフレイヤのほうがこうしてサボに囲われる場面が多いのだが、ごく稀にフレイヤが優位に立つ瞬間があった。
 彼の目が泳ぐ。言いづらいことらしい。何だろう。隠し事はナシだといつも言っているだけあって、思い当たる節がない。もしかして冷蔵庫の新作デザートを食べたとかかな……。いや、でもさっき開けたときはあったはず。やっぱり何も思い浮かばない。

「違いますよフレイヤさん。総長は、休んでてもフレイヤさんのことをずっと眺めてるだけだから隣で一緒に作業してるほうがいいんです」
「おれらと話してる間も、ちらちら後ろを気にしてフレイヤさんに視線送ってましたからね」
「おいお前ら。余計なこと言うな」

 キッチンの向かい――ダイニングのソファでくつろぐ革命軍時代の仲間たちがこちらを振り返って次々に声をあげた。彼らはサボの部下だった中でも特に懇意にしていた人たちだ。冷やかすだけだから来なくていいなんて悪態をついていたサボだが、来てくれたら来てくれたで親しく話し込んでいるのをフレイヤは知っている。口ではあんなことを言っていても、実際は嬉しいのだろう。
 ちらりと視線をサボに投げると少しだけ赤面していた。やっぱりかわいい。言うと怒るので口には出さないけれど。

「ふふ、そうなんだ?」
「こっち見るな。くそーあいつら覚えてろよ」
「なんで? サボが近くにいたら嬉しいよ。と言っても、ずっと見られるのは恥ずかしいけど」
「……」

 フレイヤの言葉に、サボはぽかんとして固まってしまった。「……どうしたの?」身長差で埋まらない目線の高さをなるべく合わせるために背伸びして見つめる。
「うわっ、フレイヤッ……」
「あ、そんな勢いよく――」

 自分が皿拭きしていることを忘れているのか、サボが勢いよく飛びのいた拍子に持っていた一枚のお皿が宙を舞って二人の間に落下していく。スローモーションのように見えたお皿は、「危ねっ……」しかし持ち前の反射神経で、サボが見事キャッチしたので事なきを得た。
 あまりの突然のことに呆然としていると、「悪いフレイヤっ、怪我ねェか……?」とすかさずサボが心配してくれる。こんな失態は滅多にしない彼なのに、本当にどうしちゃったんだろう。

「ちょっと総長なにやってんスか〜いくら奥さんがかわいいからってぼーっとしてたらダメでしょ」
「まあ夫婦になったばかりで浮かれてるのはわかりますけどね」
「バカップルが夫婦になったら今度はおしどり夫婦ですか。相変わらずアツアツで羨ましいっす」

 彼らの言葉にフレイヤは苦笑いするばかりだった。夫婦になる前から揶揄われているのは知っていたが、今でも自分たちの様子は周囲からするといわゆるバカップルに映るようで恥ずかしい。みんなの前だからと拒否しても流されてしまうフレイヤは、結局サボと同じだ。

「お前ら言いたいことはそれだけか?」
「えっ……うわっ、ちょっ、危ないじゃないですか。ここ家ン中ですよ!」

 サボの身体が文字通り、赤く燃え上がる。彼は亡き兄弟の能力を受け継いだ炎を操る人間なので、自由自在に身体を炎と一体化させることができるが、何せ家の中では危険な能力だった。
 元部下の皆さんが慌ててサボに駆け寄り、鎮圧すべく彼の怒りの炎を鎮めようと必死になる。サボも本気じゃないのだが、こうした光景は何度か見たことがある。革命軍にいた頃の和気藹々とした日常を思い出して、フレイヤはクスッと笑みをこぼす。とはいえ、炎はおさめてほしいところだけど。
 サボが食器を置いて静かに皆さんのほうへ歩いていく。

「よし、じゃあ外に出ろ」

2023/11/22
夫婦になったばかりの二人と部下の皆さん