なんだか素っ気ないなと思う。
あらゆる障害を経て十七年ぶりに再会できたというのに、当のフレイヤは自分がサボだと伝えた日から一週間まったくと言っていいほど甘えてこない。仕事中はまだしも、夜になってもそれは変わらなかった。
一緒に食事もするし、互いの部屋に行って話もする。だが、日中は仕事があるのでそうした時間は隙間時間のほんのわずかだ。もっと一緒にいたいし、触れたいし、キスもしたい。彼女も同じ想いだったというのは、本当は幻だったのではないか。段々そう思えてきて、サボの胸中には不安が募りはじめていた。
頬杖ついて報告書を斜め読みしているときだった。コアラが入ってきて早々、こちらの顔を見て開口一番に怒っているのかと聞いてきたので、正直に今の心境を口にした。
「それが不機嫌の理由?」
書類を胸の前で抱えているコアラの表情をちらりと見やると呆れている様子だった。仕事も確かにどこかおざなりになっていて、先ほどから報告書を見ているつもりがあまり頭に入ってきていない。夕方から会議があるというドラゴンからの言伝を伝えに来た部下にも適当な返事をした記憶がよみがえり、自分の態度を少し省みる。
一度書類から手を離して、弱ったなと吐息する。これでは自分の愛と同じ分だけ相手にも求めているようで、自分で自分が嫌になる。見返りを求めているわけじゃない。待たせてしまった十七年分の想いを伝えたいだけだ。避けられているというわけではないにしろ、これだけ会いに来ないとなると向こうは自分のことなどどうでもいいと思っているのではないかと不安になるのもまた事実だった。
そういう鬱屈した自身の胸の内を打ち明けたら余計に気分が滅入ってきたので、気持ちを切り替えるために一度休憩したほうがいいかもしれない。
「別にダメって言ってるわけじゃないよ。やっと会えたんだもの、欲張りになるのは自然な感情だと思う」
「……だったらなんであいつは会いに来ねェんだ。おれはこんなに会いたくてたまらねェのに」
「それは直接本人に聞いたら?」
「え?」
「ほら」と、コアラが後ろに隠れている誰かの手を引っ張って強引に引きずり出した。
「ちょっとコアラちゃん待っ……ぁ、」
コアラに無理やり体を押し出されてサボの前に現れたのは、噂をしていたフレイヤだった。恥ずかしそうにちらちら上目遣いでこちらの様子をうかがいつつ、どうしていいのかわからずもじもじしている。
突然のことにサボは動揺を隠せなかった。つまり、先ほどの女々しい自分の話をフレイヤは全部聞いていたことになる。直接本人に聞けとコアラは言ったが、この状況でどうやって切り出せばいいんだよ――
「邪魔者は消えるから。あとは二人で仲良くね。サボ君はちょうどいいタイミングだし休憩して。フレイヤは遠慮しちゃダメだからね」
考え込んでいるうちに、言いたいことだけ言ったコアラはこちらが答えるより早く部屋を出て行ってしまった。まさか朝からずっと不機嫌な自分を見かねてわざとフレイヤを連れてきたのか……? 部下の真意を測ろうとしたとき、自身のシャツを引っ張る小さな力を感じた。
「さっきの話、ほんと?」
裾を掴んでいるフレイヤが先ほどと同じように上目遣いで見上げてくる。くそ、可愛いな。心はささくれだっていても彼女がそばにいるとどうしたって嬉しくなってしまう。
自分の単純さに苦笑しつつどうしたものかと悩むが、誤魔化そうにも全部聞かれたとなるとそうもいかない。コアラの言う通り、いっそのこと本心をそのまま伝えてフレイヤに理由を尋ねてみようか。
「……本当だって言ったら幻滅するか?」
「しないよ。嬉しい」言葉が尻すぼみになってフレイヤの頬が赤らむ。「そんなふうに思ってくれてたんだ」続けて彼女の身体がぎこちない動作でくっついてきた。抱きつかれたのだと気づいて動揺する。
しかし、見られたくないのかこちらに正面から顔を押しつけていて表情がわからなかった。嬉しいと言うなら顔を見せてほしいのに。
「フレイヤ……?」
「あのね、サボはみんなのものだと思って独り占めするのはよくないかなって遠慮してたんだ」
相変わらず表情はわからなかったが、くぐもった声でもはっきりとフレイヤの言いたいことは聞こえた。
みんなのもの――どうしてそんなふうに思ったのだろう。好きだと伝えて、キスも交わして。毎日こんなにお前のことを想ってるのに。
こちらの疑問に答えるように彼女が言葉を続ける。
「参謀総長なんて肩書きを聞いたら誰だって遠慮しちゃうよ。私だけが独り占めしちゃいけないんだって。仕事ぶりを見れば忙しいことなんてすぐにわかるし、みんなから慕われてるのもわかる」
そこでようやく顔を上げたフレイヤが力なく笑った。その表情が寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
参謀総長。ドラゴンの右腕。ナンバーツー。自分の呼称をあらゆる言い方で呼ぶ者は確かにいるが、それはあくまで仕事や任務に従事しているときの自分であり、彼女との関係に革命軍の参謀総長≠ニいう立場を持ち込む気はなかった。彼女といる間は、ただのサボという一人の男だ。もちろん、ここにいる限りそうした切り替えはなかなか難しいところもあるが、少なくとも今は遠慮しないでほしい。夜だって会いに来てくれて構わない。
見上げてくるフレイヤの顎を少し強引に掴んで、サボはぐいっと顔を近づけた。
「みんなのものじゃねェよ。お前の恋人だろ?」
「んっ……ッ」
今は"お前の恋人のサボ"だ。
こちらの強い想いが伝わればいいと、サボは飢えた獣のように彼女を貪る。コアラがくれた休憩時間だ、思う存分堪能させてもらうつもりで彼女の身体を抱き返した。
2024/07/27
甘えてこないフレイヤに不満を覚えるサボくん