コイバナ女子会
「好きなところ……そうだなあ。いっぱいあるんだけど――」
口元を押さえながら恥ずかしそうに好きな人の好きなところを列挙していくフレイヤさんを見つめる。照れながらも隠さずに伝えてくれるあたり、総長のことが本当に好きなのだということがわかって本当に可愛らしい。いっぱいある中から教えてくれたのは、「手作り料理を美味しそうに食べてくれるところ」「まずは自分を尊重してくれるところ」「優しいところ」「少年みたいなところ」だという。本当はもっとあるけどきりがないから、なんて頬を染めて言うのでこちらが照れくさくなってしまった。
午後の談話室には私を含む、フレイヤさんコアラさんの三人が顔を合わせて新作ハーブティーの試飲会と称してティータイムを繰り広げていた。先日フレイヤさんが町まで出かけて仕入れてきた茶葉に、手作り焼き菓子を添えての女子会に自分も呼ばれたのだ。
コアラさんの「サボ君との話が聞きたい」という一言にはじまり、フレイヤさんがこちらの質問に回答してくれているのだが、初っ端から甘い雰囲気が漂っていて砂糖を入れていないはずのハーブティーがなんだかとても甘く感じる。
「私から言わせるとサボ君は全然王子様っぽくないんだけどね! フレイヤの前でかなり格好つけてる」
「でも最近は少しずつ格好つかない場面も増えてきましたよね」
「ふふ。それはそれでかわいくて好きかな」
クスクス笑って楽しそうにするフレイヤさんを見ていると、任務で殺伐とした気持ちも穏やかになる。フレッドには時々自分の陶酔っぷりを煙たがられるのだが、彼も総長に似たような気持ちを向けているので大差ない。
「じゃあ次の質問は"二人の出会い"を聞いてもいい? サボ君から少し聞いたことあったけど、詳しく知りたい」
コアラさんはカップを置いて、手前のスコーンにジャムを塗る。今日のお菓子はスコーンとレモンケーキだった。どちらも紅茶によく合う定番のお菓子であり、フレイヤさんの得意分野だ。本来なら二人がよく行くお店でアフタヌーンティーというものを自分も経験してみたかったが、時間の都合がつかず談話室で小さなティーパーティーを開催するに至った。
尋ねられたフレイヤさんは懐かしむように昔を語りはじめる。
四歳も半年が経過した頃に結婚話が降って湧いたという。突然のことに驚いた彼女は、しかし両親の決定に逆らえることができず、渋々その人物と会うことを決める。
当日、フレイヤさんは家の敷地内にある庭の木に登って裏側の公園を見ながら時間を潰していたらしいのだが、一人でいる彼女に話しかけてきたのが当時同じ四歳の総長だった。初対面の二人はすぐに意気投合して、将来の誓いまで済ませてしまったらしいので、私はやっぱりここに運命的なものを感じてしまう。
互いに貴族の生活には息苦しさを抱えていて、ようやく理解し合える人と出会い、それが生きる糧になった。総長のほうが先に家を出てしまったが、巡り巡って再会したのだから本に出てくるおとぎ話だと言っても過言ではない。
出会いの物語を簡単に話してくれたフレイヤさんに、私は気になることを聞いてみた。
「ちなみに先に好きになったのはどちらなんですか?」
出会ってすぐに運命を感じた二人だとはいえ、異性として"好き"という気持ちを自覚したのはもっと後になるだろう。そうした境遇で、はっきりと相手のことが好きだと認識したのはどちらが先なのか聞いてみたくなったのだ。
フレイヤさんはどうかなあと思いを巡らせる。総長とは家族ぐるみで会うことしか許されなかったというし(こっそり抜け出して会ったこともあるが見つかって以降は監視が厳しくなったそうだ)、どうやって想いが育まれていったのか二人の熱烈なファンとしては気になるところだった。
「サボに聞いたことないからわからないんだけど、恋だと気づいたのは離れてみてからなんだ。それまでにも胸がぎゅっとなることはあって、でも幼い自分にはそれがどういうことなのかわからなかったの」
「そっか……出会って数か月のうちに離れ離れになったんだよね」
「うん。だから、きっとサボも一緒なんじゃないかなあ。気が合う友達って感覚から相手を知るたびに少しずつ変化していった感じかな」
フレイヤさんは「友達」と表現したが、私から言わせれば出会った瞬間から決まっていたのではないかと思う。ごく稀に、遺伝子レベルで惹かれ合う存在があるという。どういう原理か解明されていないものの、それはもう感覚的なことであって科学で証明するものでもない気がする。
自覚したのが「離れてから」なだけであって、実際は出会ったときから潜在的に気持ちが存在していたのだと思うのだ。心が動いた瞬間、総長に恋をしていた。彼女にそう伝えたら、少し照れくさそうに「そうかもしれないね」と返してくれた。
次に話題になったのは、今の質問に付随して"好きになったきっかけ"についてだった。
フレイヤさんの場合、離れてから総長のことを好きだと自覚したとのことだが、そのきっかけはなんだろうか。少し考える素振りをしていた彼女は、間をおいてから口を開く。
「ごめんね二人とも。さっきは気が合う友達なんて言っちゃったけど、やっぱり違うかも」
「……というのは――」聞き返すと、フレイヤさんがふっと口元を緩めて微笑む。
「ミリちゃんの言った通りかなって。初めて会った日にサボから結婚を申し込まれて胸がぎゅっと締めつけられたの。すごく嬉しかったなあって」
思い返してみると、あれが恋に落ちた瞬間だったのかもしれない。四歳だからよくわかっていなかっただけで、あの日一生懸命プロポーズしてくれたサボに心を動かされて、好きになったんだと思う。
丁寧に言葉を紡いでくれたフレイヤさんは、今も初恋が続いているような初々しい顔をしていた。いや、実際彼女は今も初恋を継続しているのでその通りなのだが、本当にどうにかしてしまいたいほど可愛かった。総長が閉じ込めておきたくなる気持ちがわからなくもない。箱庭の中だけで大切にしておきたい宝物みたいだった。
「フレイヤかわいい! じゃあさ、サボ君の最初の印象と今の印象はどう? 違うところあったりする?」
コアラさんが続けて質問する。紅茶も焼き菓子も手をつける余裕がないほど盛り上がっていた。
この質問には、フレイヤさんは即答で、
「印象は変わらないかな。見た目こそ成長したけど、中身は昔のまま優しくてちょっと強引。海のことを話すとき、とっても目がキラキラしてて可愛かったのを覚えてる」
「そういえば、総長って一人旅が趣味だって言ってましたよね。昔から外の世界への憧れが強かったんでしょうか」
「そうだと思うよ。昔から人一倍”自由”への気持ちが強くて縛られる人生を嫌ってたから」
総長もフレイヤさんも元貴族で、家というしがらみに縛られた幼少期を送っている。特に彼女は十歳まで貴族の家で過ごしてきたのだが、実際は総長を追って過酷な森の中をひとりで歩いた経験があり、清楚なイメージからはかけ離れた大胆さがあった。総長もまた自らの意思で海へ出てここへたどり着き、記憶がないまま数奇な人生を送りつつも結果的にはよかったのだろう。喪ったものは大きいが、彼にはまだ弟がいて、何よりフレイヤさんと再び巡り合う未来が待っていたのだから。
「しんみりしちゃったね。えっと、質問はまだ続くの?」
「もちろん。なかなかこんなふうに時間とれることないし、フレイヤたちのこともっと知りたいもの」
コアラさんが楽しそうにウインクしてみせた。
私は知っている。彼女が数日前からこの女子会のために、質問リストを作っていたのを。なぜなら私もそのリストに質問を追加させてもらったからだ。
フレイヤさんがたじろぎつつ、けれどどこか嬉しそうに笑った。総長がフレイヤさんのことを語るとき、とても愛おしい顔をするように、彼女もまた総長のことを語るときはとても優しい顔をする。私はそんな二人を見るのが好きだった。
「じゃあ今度は私から失礼しますッ! 告白したのはやっぱり総長からですか? そのときの様子も差し支えなければ教えていただきたいです!」
フレイヤさんに向かって挙手をすると、コアラさんと二人してふふっと笑われてしまって恥ずかしい。勢いがありすぎたかもしれない。しかし、すぐにフレイヤさんが「いいよ」と快く返事してくれたので私もつられて笑顔になった。
緊張して喉が渇いてきたのでカップの中身を一気に飲み干す。紅茶のおかわりをするためにポットへ手をかけた。女子会はまだまだ続くのだから――
*
告白よりプロポーズが先だったけど、手紙で「好きだ」って言ってくれたのはサボが先。返事もさせてくれないのはショックだったなあ。だから告白という告白はないかも。
談話室で繰り広げられる全体的にふわふわとした雰囲気の集まりに、サボは死角になっている壁に背中を預けて小さく息を吐き出した。覗いてはいけない女の花園に来てしまった気分だが、自分のことを話題にされているとなれば気になるのも無理ない。ましてやフレイヤが会話の中心にいるなら。
すぐ横にいる部下達がニヤニヤしながら聞いているのが癪に障るが、今ここで「戻れ」と言っても彼らが元いた場所に戻るにはフレイヤ達の前を通らなければならない。まさか野郎どもが聞いているとは知らずに、楽しそうにしている彼女達の話を後ろめたい思いで聞く。
「本当はここにいちゃいけないんでしょうけど、今出て行けば余計にこじれるので仕方ないですね」
座り込んだ隣で同じように膝を立てて座り込むフレッドがこそっと耳打ちしてくる。どうして彼らと一緒なのかと言えば、同じように談話室で休憩しようと思っていたからだ。普段は先客がいても気にすることなく利用するのだが、今日に限って入り込みづらい状況だったというわけだ。
一緒に聞いてくればいいなんてほかの連中は言うが、きっと自分がいないからこそコアラやミリがフレイヤから話を聞こうと思ったのだろう。だったら隠れているしかない。それに、サボとしてもフレイヤの口から聞いてみたいと思うのだ。
そういうわけで本当はひとりでじっくり浸りたいところを部下達と身を潜めて聞くことになった。
フレイヤの話が初デートの思い出に移る。
それは大人になってからの話だよね。そうだなあ……ぬいぐるみを飾ってもらってるのはもちろんだけど、その前に食事をした場所でね、ちょっと面白いことがあったの。
――あ。
サボは胸中で声を上げたが、当然フレイヤには聞こえるはずもなく、かといって止めに入るわけにもいかないので居たたまれない気持ちで耳を傾ける。
入ったお店の座席間隔が狭くてね、サボが勢いよく椅子を引いたら後ろの人の食事をひっくり返しちゃって。そのこと自体は申し訳なくて私もすぐに謝ったけど……。どうしてそんなミスしたのかなって思ったら、サボってば緊張して全然周りが見えてなかったの。そんなふうに見えなかったから意外だったし、私とのデートを楽しみにしてくれてたんだって思ったら可愛くて……すごく嬉しかった。これ、サボには内緒にしてね。
口の前で人差し指を立てるフレイヤに、コアラはケラケラ笑い、ミリは意外そうな顔をしつつもふっと笑みをこぼした。
穴があったら入りたいが、あいにくここに隠れる場所はどこにもない。笑いを堪える部下達が視界にちらついて腹が立つし、しかし大声を出すわけにもいかなくて睨むだけにとどまる。
「お前ら、あとで覚えとけよ」
「クク、総長もかわいいとこあるじゃないですか」
「総長も好きな女性と初デートとなると緊張するんですねえ」
「その場にいたら大爆笑してただろうなあ」
言いたい放題のこいつらは無視して、サボは再びフレイヤ達の話に耳を澄ませる。テーブルの上に置かれた菓子が美味そうで、そういえば今日は差し入れを食べてなかったなと思い出して腹の虫が鳴らないよう腹をさすった。
話題は"嫉妬すること、されることはあるか"に移っていた。
フレイヤは「サボ君は事あるごとに嫉妬してる気がするけど、フレイヤはどうなの」と聞かれて、少し困った顔をする。ほかの奴らは知らないかもしれないが、彼女の嫉妬は可愛い。
というのも、以前任務の標的になった相手が『料理上手な有名美食家の女』であり、その女が主催する晩餐会に潜入することになった話をフレイヤにしたあと、任務で発つ前日の夜、急に「サボの夕食は私が作った」と言って、大量に用意されていたことがあったのだ。
彼女が厨房を手伝うことは少なからずあるが、自分の分だけ彼女が作ったという話は珍しくて首を傾げたものの、少し考えればすぐに合点がいく。彼女はターゲットの女に対抗しようとしたのだと。「美味しい?」「おかわりもあるし、デザートもあるよ」なんて必死に言うのがたまらなく可愛くて、嬉々として完食した覚えがある。彼女自身は嫉妬だと明確に告げなかったが、サボには手に取るようにわかってしばらく口元が緩んで仕方なかった。別に料理が上手いからフレイヤを好きになったわけじゃないのに。
ひとり思い出に耽っていると、コアラ達の盛り上がる声が聞こえて我に返った。
「フレイヤさんは相変わらず純粋っていうか健気ですよね……総長が羨ましすぎます。おれも女の子に嫉妬されたい」
「サボさん、必ずフレイヤさんを幸せにしてあげてください」
なんだこいつら急に、と訝しげな眼差しを向けたあとフレイヤに視線を移せば何やら赤面していたので、サボは自分が話を聞きそびれたことを知った。なんと答えたのだろうか。
しかし、気にしている間に彼女達の話題はまたしても変わる。コアラの奴、一体いくつ質問するつもりなんだ……。
呆れながらも自分自身が楽しくなっていることに気づいて、耳をそばだてる。
愛が重いのはどっちだと思う?
――随分と直球な質問だな。ただ、フレイヤがなんて答えるのか気になるところではある。
部下達も声を潜めてフレイヤ達の会話を聞こうと静かに待つ。
重たいって言うのかはわからないけど、四歳でサボに出会ったあと彼以外の男の子は好きになったことがないし、そもそも好きになれなくて……死んだって言われたあともずっと好きで、このまま死ぬまで好きなんだろうなって思ってたから、それを考えると私のほうが重い気がするなあ。
コアラの問いに、そう答えたフレイヤの表情は少し困ったように笑っていた。愛が重いという表現をどう捉えていいのか迷っているのかもしれない。彼女の話を聞きながら嬉しくなりつつも、サボは自分のほうが重たい愛を抱えていると密かに対抗した。
「ですって。どうなんですかサボさん」
同じように聞いていたフレッドが口元をだらしなく緩ませて尋ねてきたかと思えば、そのすぐ後ろにいるほかの連中もニヤニヤしてこちらの答えを待ち構えていたので、完全に面白がっているこいつらに鬱陶しい視線を投げつけてやる。しかし、彼らは臆することなくこちらを見据えて早く答えろと言わんばかりのニンマリ顔をする。
大体知っているくせにわざわざ聞きたがるとは、どうせ自分の口から言わせたいのだということが察せられてそれもまた気に食わない。
「お前ら性格悪ィぞ」
「なにいい子ぶってるんですか。総長がフレイヤさんのことをどう見てるか、おれ達知ってるんですよ?」
「だったら聞く必要ねェだろ」
「違いますよ。みんなサボさんの口から聞きたいんです」
フレッドの援護に「そうそう」と頷く部下達が憎らしい。むすっとしたまま視線をフレイヤに戻すと、相変わらずコアラとミリと楽しそうに話し込んでいる。お洒落なティーカップとポットまで用意されているところをみると、まだしばらくは三人で話すつもりだろう。
笑顔のフレイヤを見ていたら部下達への抗議も馬鹿馬鹿しく思えてきて、サボはぼそっと自身の胸の内を吐露した。
「愛が重てェのはどっちかなんて、そんなのおれに決まってるだろ」
フレイヤ。おれにはお前に隠してることがある。もちろん後ろめたい隠し事は一切ないが、お前に対して制御がきかないことが何度かあるんだ。束縛したいわけじゃねェからこれは口に出さないようにしてるが、お前が可愛すぎてたまに閉じ込めておきたくなるよ。普段は黙ってるだけで、お前に言えない想いがおれにはたくさんある。
胸中で零してから自嘲気味に笑う。下心のある男がフレイヤに近づくのは当然許しがたいし、できれば誰の目にも触れさせたくないとさえ思う。
だが、こんな感情を彼女は知る必要ない。だから彼女の中で「愛が重たいのはフレイヤ自身だ」と思っているのならそれでよかった。
ミリが次の質問をする。
サボさんに直してほしいことはありますか? あとは悩みとか。
うーん……これといってない――あ。
なになに、あるの?
直してほしいっていうかお願いになっちゃうんだけど、次の日の朝が早い日はなるべく夜の営みを控えてくれると嬉しいなあって……こんなことコアラちゃんたちに言うことじゃないよねっ、ごめん忘れて!
「……」
声を殺して笑っている部下達のことはこの際無視するとして、サボは頭を抱えて項垂れた。思わぬ方向から攻撃を食らった気分だ。
フレイヤに聞くのも申し訳ないけど、サボ君ってそんなに容赦ないの?
――おいコアラ。申し訳ないと思うなら聞くな。
こちらの抗議も虚しく、フレイヤが躊躇いながら頷くので阻止しようがない。そもそもここには自分達だけだと思って会話をしているので仕方のないことだが、すべて筒抜けである上に部下達にも聞かれているという事実がサボとしては一番痛手だった。こいつらに聞かれた日には、揶揄われるのが目に見えている。
顔を真っ赤にしながら「でも優しいんだよ! ただ、ちょっと私よりも体力があるってだけで……」フォローになっているのかわからないフレイヤの言葉を聞いた部下が腹を抱えながら、「前から言ってるじゃないですか。フレイヤさんは総長の体力についていけないから合わせるべきだって」と笑いを堪えている。
「……うるせェなァ」
「そうやって聞く耳を持たないから言われるんですよ。フレイヤさんが優しいからって少しは手加減してあげてください」
「わかってる」
「本当にわかってるんですか」
部下達の目がじろじろとこちらを詰問するように見てくる。しつこいな……。とはいえ、彼らの言い分は正しいので反論する気はなかった。
言い訳をしていいのなら、そういうつもりがなくてもフレイヤと触れあってしまえば簡単に理性が崩れていくのが自分という生き物なのだ。もちろん、翌日が早い場合は一回で我慢しているのだが、彼女からするとそれさえも控えてほしいという。サボにとっては好きな女と同じベッドにいて何もしないで一夜を明かすほうが無理難題だった。だったら別々の場所で寝るしかない。
フレイヤの優しさに甘えていたのかもしれないが、求めたら求めたでその分返してくれる彼女が可愛くて想いが溢れてしまうので、なるべく控えるよう努力はしようと思う。
そこはサボ君に直接言ったほうがいいよ。フレイヤのことがかわいすぎて制御できないんだと思うけど、本人から言われれば効果あると思う。じゃあ次の質問。一緒にいて一番幸せだった瞬間は?
コアラのアドバイスに苦笑しながら、フレイヤの答えを待った。かれこれ一時間は経っているが、フレイヤ達はもちろん、自分を含む部下達も話を終えるまでここを離れる気はなかった。まあこっちは戻りたくても戻れないという状況だが。
幸せだった瞬間――フレイヤはどんなときに感じてくれているのだろう。自分のほうは、彼女と再会してからすべてが幸せなので瞬間的に切り取るのは難しいところだ。サボは、いったん体をくるりと元に戻して背中を壁に預ける。彼女の口が開くのを、床を見つめて待った。
ん〜……難しいかも。
どうして?
更新中だから。毎回その瞬間が「いちばん幸せ」かなあ。サボと一緒にいるといつもそう思うよ。
……ッ、フレイヤさん可愛いです! 今の発言、総長が聞いたら絶対喜びますよっ!
――悪ィなミリ。もう聞いちまった。
自身の口元が緩んでいるのがわかる。嬉しさを隠せない。忙しくていつも一緒にいられるわけではないが、そのわずかな時をそう思ってくれていることが途轍もなく嬉しい。直接聞きたかったが、きっと女同士でなければ言えない胸の内もあるはずだ。まさか聞かれているとは思いもしないだろうが。
少し罪悪感を抱きつつ悶々としていると右肩をぽすっと叩かれた。
「総長……フレイヤさんがいい子すぎて泣けてきました」
「いつまでもお幸せに」
「おれ、こんな純粋なカップルは初めてです」
小声で次々に言われて呆れながら彼らを見つめる。最初からそうだったのだが、自分より自分達のことに一喜一憂するところがある奴らなので、面白がっているようにも見えるのだ。わざとらしく泣き真似なんかしやがって、と小言を言いたいところである。しかし、その反面フレイヤを見つけることに尽力してくれた奴らでもあるので、揶揄っていながらも応援しているのだということは多少なりもわかっているつもりだった。
鬱陶しい部下達をやれやれとやり過ごしたあと、再びフレイヤに目を向ける。紅茶や菓子そっちのけで話に夢中になっているらしく、先ほどから三人ともカップの位置がまったく動いていない。こみ上げてくる楽しそうな彼女達の笑い声を聞きながら、サボは質問の続きを待った。
じゃあサボ君にされてきゅんとしたことはある?
それもまた難しい質問だね。というかさっきから惚気話なってて恥ずかしい……
大丈夫です! 私はお二人のことがもっと聞きたいので!!
私もフレイヤ達のこともっと知りたいし、あとは仕事してないときのサボ君がフレイヤの前だとどんな感じなのか気になるっていう好奇心もあるかな。
……そんなに違うの?
全然違うよ。フレイヤにだけ優しい顔してるもの。人の話は聞かないことが多いけど、フレイヤのことになったら急に真剣になったりね。
それはそれで困るなあ。でも、そうだな……サボって手が大きいから頭を撫でてくれるときゅんとするよ。基本的に自分とサイズが違うって実感したときにときめくかも。あとは単純だけど、守ってくれたり、寒いのに気づいて手を繋いでくれたり、気遣ってくれる優しさにきゅんとするかな。
納得できます。総長は確かに私達仲間にも優しいですけど、優しさのベクトルが違うというか……。好きな女性に向ける表情っていうのはやっぱりあると思います。
フレイヤは気遣ってくれると言ったが、そんな当たり前のことに心が動いてくれるならいくらでもやってやるのに、とサボは唇を尖らせる。慣れない環境を強いられている彼女を気遣うのは当然のことだし、自分がしたくてやっているだけだ。
逆に自分とサイズが違うことを実感したときに胸が疼くのは賛同する。同じことを思っているからだ。フレイヤのあらゆる場所が自分のそれよりも小さくて可愛い。手も頭も口も、当然身体も。なのに柔らかくて、良い匂いがするからたまらない。
これが最後の質問。フレイヤにとってサボ君はどんな存在?
どんな存在……最後に一番難しい質問だね。一言で表せないや。
一言じゃなくてもいいよ。
えっと……一言じゃなくていいなら、頑張る理由になる人だし、憧れでもあるし、一番の味方だし、支え合いたいし……あげたらきりがないけど、あとは――常に前を行く人かも。並んで歩いているつもりはあるけど、どこかでサボの背中を追いかけてる気がする。”海”の存在を教えてくれた人で、そこから私の世界は変わったから……うーん、道しるべって感じかなあ。サボについていけば大丈夫、楽しいことがありそうって思えるんだ。
その話を聞きながら何とも言えない気持ちにさせられた。
幼少の頃、自分はフレイヤを置いてひとり逃げ出した。一緒に海へ出ようと約束したのに、勝手に破ってエースやルフィと夢を誓って、一度連れ戻されたがまた勝手に今度は海へ出た。ひとりきりで。そして逃げ出した挙句、二年前まで彼女のことも兄弟のことも忘れて生きてきた。
そんな自分が今更「一緒にいたい」と願い出るのは本来なら許されないことなのかもしれない。裏切ったと思われても仕方のないことをしたし、つらい思いもたくさんさせた。もちろん事情が事情だったが、当時の彼女には知る由もなかっただろう。それでも許されるのなら、サボは彼女と一緒にいる未来を選択したい。ほかの男の元にいかないでほしい。身勝手ながらそう思った。
しかし、フレイヤはこちらの存在を「道しるべ」だと言い、ついていきたいと思ってくれている。同じように一緒にいたいと思ってくれている。だったら自分はそれに全力で応えるべきだろう。
目を閉じて深く息を吐き出し、しばらくしてからサボはゆっくり立ち上がって目を開けた。
「ありがとうフレイヤ。おれもお前の存在に救われてるよ。すべてが片づいたその時には――」
と、フレイヤ達が一段と盛り上がっていたので様子をうかがうと、どうやらすべての質問を終えたところで再びティータイムを始めるらしかった。相変わらず三人は和気あいあいと楽しそうにしていて、この会話の中に男が入っていくのはやはり気が引けた。それに、そろそろこちらも作業に戻る頃合いだ。
幸運なことに冷めてしまったポットを持ち、食堂側――サボ達がいるほうとは逆側であり、こちらの進行方向でもあったほうへフレイヤが消えていくので、その背中を見届けてからようやく女性陣の前へと姿を現した。当然ながら、残った二人が目を見開いて「どうしてここにいるのか」という顔を作ったが、コアラだけはすぐに盗み聞きしていたことを指摘してきたので、たまたま居合わせただけだと弁解する。フレイヤが戻ってくる前に行かなければならない。
サボは、自分がここにいたことを伏せておいてもらえるよう二人に頼んでから、部下達とともに執務室へと急いだ。
2024/07/27
コイバナで盛り上がる女性陣と盗み聞きする男性陣