コアラちゃん誕生日2024

 モモイロ島近海にある小さな島に、ミリは尊敬する女性二人――コアラさんとフレイヤさんを伴って食事しに来ていた。
 宙に浮かぶレストラン"スカイグリル"。コアラさんの誕生日会として予約したこのお店では、時期もあるのか女性だけのグループ限定メニューとしてハロウィンアフタヌーンティーが開催中だという。秋が旬の食材をふんだんに使っているという点も惹かれた理由だ。一か月ほど前からフレイヤさんとどの店にするかを話し合い、ようやく見つけたスカイグリルは、知名度はまだ高くないが最近雑誌に載るようになったので人気が出るのも時間の問題だろう。
 十月二十五日。我が革命軍の幹部、コアラさんの誕生日である。普段から何かと世話になっている彼女の誕生日を祝おうと計画を立てたのが彼女と仲の良いフレイヤさんで、ミリはサポートとして近隣の島のレストランをリサーチした。そうして見つけたのがスカイグリルだ。
 来ている客層はやはりハロウィンアフタヌーンティーを目的とした女性客が多いが、同じ時間帯でもランチを楽しめるのでカップルや家族連れもいる。そして、この店最大の売りが宙に浮かんでいることだ。どんな仕組みなのかわからないが、店自体が雲のように浮遊している。といっても建物でいうと三、四階あたりの高さだが、それでも昼間と夜で異なる景色が見られるので地元の人たちに人気だ。そのため窓側の席は予約するのが大変なのだが――

「二人ともありがとう。こんな特等席、予約するの大変だったんじゃない?」

 コアラさんが嬉しそうに顔を綻ばせた。今日の彼女はフリルのトップスにミニスカートといういつもの恰好だが、耳元にきらりと光るイヤリングがお洒落な雰囲気を醸していた(いつものコアラさんは髪で耳が見えないが、今はあえて耳にかけてイヤリングを見せている)。透明に近い白い花びらの中央にストーンがきらめいて、派手すぎない可愛さを演出している。フレイヤさんからのプレゼントだ。

「このお店を見つけてくれたのはミリちゃんなの。予約は一か月前だったのと情報誌に掲載されたばかりでまだ知名度が高くなかったからなんとか確保できたんだ」
「いろいろ探していたら見つけたんです。ハロウィンのメニューがかわいかったので……」

 と、恥ずかしさを誤魔化すように二人の視線から逃れてテーブルの上の料理を見つめる。
 オレンジカラーのチョコレートを中心に、可愛らしさと上品さの両面を備えたビジュアルのスイーツの数々が、ハロウィンらしさを強調している。モンスターやおばけを模したスイーツもあって食べるのがもったいないほどだ。セイボリーにはハロウィンの象徴であるかぼちゃを使ったタルトや、島の特産であるさつまいもを使ったテリーヌ、いちじくと生ハムのラスク、ミニサラダと種類が豊富だ。そしてミリのお気に入りは何といってもマロンとくるみのスコーン。紅茶風味で美味しい。
 主役のコアラさんもティーセットが運ばれてきた瞬間に目を輝かせたので見つけた側としてはやはり相手の喜ぶ顔が見られて嬉しいものがあった。フレイヤさんも雑誌を見せた途端、「ここにしよう」と即決してくれたのでやはり二人はこうしたアフタヌーンティーが好きなのだろう。

「うん、とってもかわいいよ。まさか二人がこんな機会を用意してくれてるとは思わなかったな。昨日フレイヤがいきなり『明日の午後はミリちゃんと三人でアフタヌーンティーに行くよ』なんて言うからびっくりした」
「忙しいコアラちゃんが少しでも楽しんでもらえたら嬉しいなってミリちゃんと張りきったからね」
「ありがとう。かわいいし美味しいし、大満足」
「改めておめでとうコアラちゃん」
「お誕生日おめでとうございます」

 もぐもぐと口を動かしつつ、もう一度笑顔で「ありがとう」と答えたコアラさんに、フレイヤさんと顔を見合って一緒に喜んだ。どうやらサプライズの誕生日アフタヌーンティーは成功したようだ。


*


「このイヤリングもありがとうフレイヤ。普段こういうアクセサリーを付けないから今ちょっと気分が高揚してる」

 コアラの手が右耳のイヤリングに触れる。ほぼ透明のホワイトカラーの花びらイヤリングは出かける直前でフレイヤからプレゼントしたものだ。早く身につけてほしくてサプライズも何もなく渡してしまったが、やはり彼女に似合っている。お洒落に詳しい彼女は、しかし任務中はそういったことを楽しむ余裕はない。だからせめて休日だけでもお洒落を楽しんでほしくて贈ったのだった。

「コアラちゃんに似合うと思って。花がモチーフだからフリルの洋服とも合うよね」
「うん。フレイヤ達と出かけるときはつけたいな」
「私もこの前コアラちゃんからプレゼントもらってすごく嬉しかったから、お返しってわけじゃないけど喜んでほしくて選ぶのすごく迷ったんだ」
「そんなこと気にしなくていいのに」

 コアラの瞳がやさしく細められたので、フレイヤの表情も自然と緩む。隣に座るミリもこの場を楽しんでいることが伝わるように、顔を綻ばせて自分と彼女を交互に見ていた。
 そうなのだ。フレイヤは以前コアラから誕生日プレゼントをもらっている。それまで隠してきた自身の誕生日を打ち明けたら、当日彼女からバスルームで使うお洒落なキャンドルをくれたのだ。長方形の箱に敷き詰められたキャンドルセットはフレイヤの心をときめかせ、もったいなくてしばらくは眺めるだけにとどめていたのだが、先日ようやく思い切って使うことにした。

「使ってみてどうだった?」
「すごくよかったよ。いつものバスルームが神秘的な空間になって、揺らめく炎を見てると自然と心が落ち着くし」
「そうなんだ! なら私も今度自分用に買おうかなあ。……あ、でもそういえばサボ君からは"変なもの買ってくるな"って言われたんだけど、何かあったの?」

 思い出したようにコアラから問われて、フレイヤは曖昧に笑ってから話してもいいものかと迷った。あったと言えばあったのだが、非常にくだらないことで二人に聞かせるほどのことではないとも思うのだ。それにプレゼントしてくれたコアラにも申し訳ない。そうした胸の内を彼女はすぐに理解してくれたらしく、「どうせサボ君が理不尽なこと言ったんでしょう。なんとなく想像つくし。フレイヤは気にしないで話してくれていいよ」肩をすくめて呆れたように言うので、やっぱり申し訳なく思う。
 やれやれといったふうにため息をつく姿を見て、彼女にとってサボは時々手のかかる弟みたいだなあと苦笑する。実際彼女は多々困っていることがあるからその通りなのかもしれない。
 フレイヤは気を悪くしたらごめんねと前置きしてから、一週間前に起きたサボとバスキャンドルの話をコアラたちに打ち明けた。
 あれは、サボの部屋で過ごすことを決めた日の夜。空室を使っているフレイヤと違い、彼の部屋にはバスルームがあるのでコアラからもらったキャンドルが楽しめると思い使ってもいいか尋ねたら、「一緒に入る」というので、久しぶりにお風呂を共にすることにした。
 こうしてキャンドルを持って浴室に入り、バスタブのフチに二つ置いたフレイヤがいざを火を灯そうとしたときだった。
「おれがやる」
 サボが自身の指先をゆらめかせて笑ったので、なるほど適任だと思って任せたのだが――そこからが悪夢の始まりだった。

「それでね、サボはお風呂の中で全然力が入らないし能力も上手く使えないのに『もう少しでできる』なんて言ってずーっとキャンドルと格闘してて……でも一向に火が灯らないから私がやるって言ったんだけど譲らなくて」

 お風呂のフチのキャンドルと睨めっこするサボと、浴槽の端で彼を見守る自分。「やる」と宣言してから十五分もキャンドルを灯そうと奮闘した甲斐も虚しく、本来の力を発揮できずに苛立ちはじめてしまった彼にフレイヤは仕方ないなあと呆れたのを思い出す。
 さすがに可哀相になってきてもういいよありがとうと声をかけた。思えばこの発言が、彼の別の闘志に火をつけてしまったような気がする。こうして面白くなさそうにフレイヤを一瞥した彼は、「大体、炎のゆらぎが見てェんならおれでもいいだろ」なんて訳の分からないことを言い出したのだ。
 結局フレイヤが火を灯したあとは、浴槽の中でサボがずっとくっついて離れなかったのでせっかくバスルームの明かりを消して幻想的な光景を楽しむつもりだったのが、背中に感じる彼の存在で集中できなかった――という次第だ。

 話を聞き終えたコアラが長い息を吐き出したので、「ごめんね」とフレイヤはもう一度謝った。

「やっぱり、そんなことだろうと思った」
「総長は時々子どもみたいなことを言いますよね。あ、すいません別にけなしてるわけではなく不思議だと思って――」
「いや、間違ってないよ。サボ君はフレイヤのことになるとほとんどのことが手につかなくなるもの」

 ミリが慌てて否定したが、コアラが即座にその通りだと重ねて言うのでフレイヤは曖昧に笑うしかなかった。確かにサボは変なところで闘争心を燃やすことがあり、それはフレイヤにもよくわからない。キャンドルのろうそくとサボの炎は現象としては同じかもしれないが、自然が生み出すものと人工的に作り出されたそれとでは根本的に何かが違う気がする。彼の炎もそれはそれで美しいのだけれど、何も相性の悪い浴室で見ようとは思わない。むきになる彼を思い出したフレイヤはふっとつい口元を緩めてしまった。

「あ、ごめんね。今度はサボがいないときにゆっくりやろうと思う」
「だったら私の部屋でやろうよ。じゃあこれでサボ君の話はおしまいにして、アフタヌーンティーの続きを楽しもう」

 話が変な方向にいきかけたのをコアラが軌道修正して、話題は再び目の前の豪華なティーセットに移り変わり、フレイヤたちは珍しい紅茶の味や玩具のような可愛らしいスイーツに舌鼓を打った。


 後日、サボから「コアラに喋ったろ」と額を小突かれたのは言うまでもない。

2024/10/25
コアラちゃん誕生日2024