いつだってきみに夢中

 こうなった原因はわかっている。おそらくアレ飲んでしまったのがいけなかったのだろう。だが、気づいたときにはすでに遅く、フレイヤの身体にはもう変化が表れている。どうしようと悩んでいる間にも時間は過ぎていき、彼らが帰ってくる時刻が迫っていた。
 二時間前。任務で訪れていたとある国の首都から少し離れた町で、フレイヤはひとり散歩をしていた。サボたちが潜入調査で首都へ出ている間、自分だけはこの滞在先の町で待機ということになっており、町を出ないことを理由に近辺は散策の許可が出ていたのだ。
 宿泊のホテルから数十メートル首都側へ向かった先に、あらゆる店が立ち並ぶストリートがあったのでフレイヤはあてもなく歩いた。ホテルにずっといてもやることがないので、夕方には帰ってくるサボたちを待つ間の時間つぶしにはちょうどよかった。

 はじめは雑貨や珍しい食材を売る八百屋、それから伝統工芸品といった一般的な店を見て回っていたのだが、途中で大通りを外れた細い通りから「そこの麗しいお嬢さん、珍しい紅茶はどうだい?」と声をかけられて、つい足を止めてしまった。
 そこは賑やかな表の通りからはかけ離れた――太陽の光が入らないせいで昼間でも薄暗い場所だった。つられるまま中に入ると、アンティークな家具からランプや時計、置き物といった小物までが特注品というか、どこからか取り寄せた高そうな雰囲気を醸していた。フレイヤの想像する紅茶専門店とはまったく異なる、どちらかと言うと怪しい骨董屋のようなイメージで、店主のおじさんも眼鏡の奥の瞳が怖くて、有無を言わせない圧を感じた。
「海外の珍しい紅茶だよ。市場には出回らないからぜひ飲んでみなさい」
 明らかに怪しい飲み物だったのだが、そのときのフレイヤは圧に逆らえず店主に勧められるまま飲む羽目になってしまった。それがフレイヤの過失である。
 味は一般的な紅茶より多少甘味が強いだけで、特別変な味ではなかったことが救いだったが、店主の口調は始終怪しく、最終的にフレイヤへ高額な紅茶の購入を迫ってきたので「結構です」と断って急いでホテルに戻ってきたのだ。夕方になれば、サボたちも帰ってくるのでこのまま大人しくホテルの中で待つことにしたフレイヤは、一階のラウンジで軽食を済ませて部屋に入った。
 そこまでは特に体に異常はなく、至って普通だった。異変を感じはじめたのはそれから二十分ほど経ってからだった。
 体が燃えるように熱くてどうしようもなく、ベッドの上でもがくように耐えたあと、ようやく熱が引いてきたと思えば、今度は服がやけに窮屈に感じて違和感を覚えた。特に胸のあたりが。
 どういうことだろうと視線を自身の胸元に移してからフレイヤは目を見開く。
 胸のサイズが明らかに以前に比べて大きくなっている。胸囲に余裕があったはずのワンピースがぴったりへばりついているのがその証拠だ。

「まさかこれって、あの紅茶のせい……?」

 独り言を呟いてからブラウスの中を恐るおそる覗いてみる。なんとなく気がつきたくなかった変化は確かに表れていた。無理やり寄せているわけでもないブラジャーに包まれている胸の谷間が以前よりも狭く深くなっている気がする。やはりサイズが大きくなったのだろう。まったく、珍しい紅茶だというからどんな怪しいものかと思ったが、ある意味拍子抜けした。もし何かが起こるとしたら、もっと恐ろしいことになるのではないかと構えていたのだ。
 しかし、フレイヤは急に不安に襲われた。はたして体の変化は胸だけなのだろうか。
 入口付近に設置された姿見で自分の全身を確認する。見た目だけの変化と言えば、胸以外には身長が少しだけ伸びたような気がしなくもない。それから髪も伸びているらしく、背中の真ん中あたりまで届きそうだ。フレイヤは首をかしげる。これは一体どういう現象なのだろう。あの紅茶に体を成長させる要素が……?
 以前のような動物の耳や尻尾が生えるという現象よりはいくらかマシかもしれないが、困ったことに胸のサイズが変わったせいでそこだけが変に強調されて不恰好だった。着替えたくても、持っている服はすべて同じサイズなので意味がない。

『勝手に行動するのはダメって言ってるのに、なんでサボ君はいつもそうなの!』
『わかってるよ』
『わかってないから言ってるの!』

 鏡を見ながら困り果てていると、扉の向こうでコアラとサボのやり取りする声が聞こえた。どうやら予定よりも早く今日の任務を終えたらしく、フレイヤが悩んでいる間に戻ってきてしまったようだ。こうなってはもう上着を着て隠すほかない。
 フレイヤは急いでクローゼットからコートを取り出していつもの数倍乱暴に上から羽織ると、扉を開けて二人を出迎えた。

「おかえりっ」
「ただいまフレイヤ――って、どうして室内でコート着てるの? そこまで寒くないよね?」
「あ、うん寒くはないんだけどね。ちょっと問題があって……」
「なんだよ問題って。まさか何かされたのか?」

 コアラが早速こちらの服装を訝んで指摘してきたので答えたら、今度は後ろからサボが食い入るように質問を重ねてきた。

「ちがっ、そういうのじゃないけど、」
「じゃあなんだ。きちんと説明してくれなきゃ納得できねェよ」

 詰め寄ってくるサボの目から逃れるように視線をそらしたフレイヤは、しかし瞬時に気の利いた言い訳を思いつかず、「だからその……」と口ごもる。それが余計に彼の不安を煽り、苛立たせてしまったらしく強引にコートをはぎ取られた。

「あっ」

 フレイヤが制止するのも虚しく、強調された胸が二人の前に晒される。もしかしたら普段通りにしていれば気づかれなかったのかもしれないと思ったが、これだけぴっちりへばりついていればやはり目立つだろう。隠しようがない体に、フレイヤは観念したように事の経緯を打ち明けることにした。


*


 町の中にある唯一のホテルだという建物の二階。角部屋にある窓辺のソファに夕日が差し込んで茜色に染まり、同時に座っているフレイヤもまた同じ色で照らされている。決まりが悪そうにする彼女の身体をまじまじと見つめて、サボはいまだに現実に起きていることだとは思えず視線をそこから外せずにいた。
 今朝、見たときよりも彼女の胸が大きくなっている――という表現をすると非現実的に聞こえるが、実際サイズが変わったのは彼女のワンピースを見れば一目瞭然だった。腰やくびれが強調され、特に胸は目を逸らせなくなるほどだ。ここがホテルの一室でどれだけよかったことか。
 詳しい事情を聞くと、自分たちが任務に出ている間に店主の誘いで紅茶専門店に入ったらしく、そこで珍しい紅茶を飲んだという。味に異常はないと感じたが、結果として体に異変が表れた。
 それが「二年後の体に変化する」というわけである。先ほどこの町に精通している仲間からその紅茶店について話を聞いたところ、"珍しい紅茶"と称して客に試飲させ高額な紅茶を売りつけるという。どうやらフレイヤは買わずに逃げてきたようだが。
 この世界では自分の見知らぬことに遭遇することが多々あるが、また訳のわからない現象に見舞われたものだ。
 フレイヤがソファの上で縮こまって恥ずかしそうにしているのを、唾をごくりと呑み込んで見つめる。
 つまり二年後のフレイヤは今よりもさらに胸が大きくなるというわけだが、それは自分の愛のおかげなのかもしれないと思うと嬉しくないわけがなく、自然と口元が緩んでしまう。おまけに艶やかな髪も伸びていて、ますます魅力的に映りどうしようもない。

「詳しい仲間に聞いたが、どうやらこのあたりで体の成長を著しく早める効果のある紅茶を珍しいと言って勧めてくる輩がいるらしい」その浮ついた気持ちをごまかすために、興味がないふりをして冷静に先ほど仲間に聞いたことをそのまま伝える。
 顔を上げたフレイヤがぎこちなく笑った。
「そう、なんだ……」
「災難だったな。けど、効果は半日らしいから明日の朝方には元に戻る」
「わかった。ありがとう」

 少しだけほっとしたような表情を見せたフレイヤは、しかしすぐにむっとした顔でこちらを見つめてきた。「ねえサボ」唐突に名前を呼ばれて、「どうした」と反応を返すも彼女の表情は芳しくない。もしかして怒ってるのか……?
 ソファに近づいていき、彼女の隣に腰を下ろしてもう一度尋ねる。すると今度は頬を膨らませて、あからさまに不機嫌な態度を見せた。

「……見てる」
「え?」
「さっきから胸元ばっかり見てるでしょ。えっち!」

 ぷくっと金魚みたいな顔でフレイヤが怒るもまったく怖くない。それどころか、なるべく近づかないように気をつけていたはずが、いつの間にか彼女との距離が縮まっていて(自分で近づいたのだから当たり前だが)馬鹿みたいに心臓がうるさく跳ねる。今さらどこに興奮してるんだと我ながらガキっぽくて苦笑するが、言い換えれば自分はそれくらい彼女のことが好きでたまらない。
「仕方ねェだろ。好きな女の身体が自分の手で成長したのかと思ったら嬉しくなったんだ」
「なっ、なに言って――ていうか、そんなじろじろ見ないでよっ」
「二年経つとこうもデカくなるものなのか?」と、フレイヤの言葉を無視して柔らかそうな二つの膨らみに手を添える。そこに伝わるのはふんわりした男には絶対にない感触。ああ、いいなこれ。サボはそのままうっかり手に馴染むその双丘を揉んでしまった。

「んっ、やめ」

 フレイヤが悩ましい声をあげる。身体はこうして艶めかしくなっているのに、中身は二十二歳の初心な彼女そのままなのでそれがまたこちらを悦ばせる要素になっていた。この状態の彼女を放置できるほど、サボはまだ人間が出来ていない。
 開き直って、フレイヤの身体をソファに押し倒す。

「まさかこのまま引き下がるとは思ってねェだろ? まずは夕飯まで一度堪能させてくれよ」

2024/11/29
二年後の身体になったフレイヤの話