ホテルに併設された「ラベンダー&ピーチカフェ」にフレイヤさんとコアラさんに連れられて三人で来ていたミリは、テーブルの上に置かれたまるで鳥かごを思わせる形のスタンドに目を輝かせた。よく見かける三つのお皿が一定間隔で重なっているティースタンドではなく、鳥かごの形に小さな器がいくつもくっついている不思議なティースタンドだった。
そこにはカフェ独自の趣向を凝らした一口サイズのサンドイッチ、タルトレット、クラッカーやトーストなどのセイボリー(フレイヤさんが軽食の総称をそう呼ぶと教えてくれた)と定番のスイーツで彩られ、別のお皿に自家製のスコーンが二種類乗っていた。カフェの名前にラベンダーとピーチが入っている通り、この二つがメインで使用されている。辺りはラベンダーやピーチの香りが漂い、紅茶も自由に茶葉を変えられるところがこのカフェの売りだった。
念願叶った彼女たちとのアフタヌーンティーは非常に充実した時間になっている。互いのことを話しながら優雅に紅茶とスイーツを楽しむことは、フレイヤさんと出会ったあの日からミリにとっての小さな夢だった。三人の中で一番小さいけれど、洗練された所作に穏やかで可憐な雰囲気が元貴族としての品格を忘れさせない。どうやら貴族として扱われることに彼女は不服みたいなので言わないようにしているが。
「ミリちゃんどう? 美味しい?」
「あ、はい! この自家製スコーンがすごくサクサクしててほろっと口の中でこぼれていくのが美味しいです。ジャムやクリームを付けて食べるのが主流なんですね」
ミリから見て右向かいに座るフレイヤさんが尋ねてくる。今日の彼女はたんぽぽの黄色を思わせるチェック柄のワンピースにエプロンを重ねたレトロな雰囲気だ。膨らんだ袖がかわいらしい。
美味しいかと聞かれて、ちょうど食べているスコーンがとてつもなく美味しかったのでミリは素直に答えた。こうしたスイーツはフレイヤさんの差し入れ以外で食べる機会がないので、スコーンもこれが二回目だったがブルーベリージャムを付けて食べたら甘く感じて美味しさが増した。
「この前作ったのはチョコのスコーンだからジャムもクリームも用意しなかったけど、一般的なスコーンは甘さ控えめでこうやってトッピングすることが多いよ」
「美味しいです」
「よかった。コアラちゃんともこのホテルのカフェが良さそうって話してたんだよね」
「ちょうど雑誌でアフタヌーンティー特集してたから三人でどうかなって。サボ君に聞かれる前に実行できてよかったよ」
コアラさんがクスッと笑う。彼女の話によれば、総長に女子会の話がバレると自分もついていくと言って聞かないという。毎回何かと理由をつけて断っているみたいだが、それもまた大変そうだ。裏を返せば仲がいいという証だと思うけれど。
コアラさんと総長のやり取りを想像して思わず笑ってしまったミリは、けれどこれがやっぱり女だけのティータイムでよかったと思う。
「総長には悪いですけど、女子会って憧れだったので嬉しいです」
こちらの発言に二人は顔を見合わせてからふっと頬を緩めたので、本当にかわいらしい人たちだと胸がくすぐったくなる。
「それで、ミリちゃんが革命軍に入隊したのは十六歳の頃だったよね」
「はい。住んでいた島が戦争に巻き込まれてしまって……妹と弟は遠い親戚の元へ行きましたが、私は助けてくれた革命軍に恩返しがしたくて入隊を決意しました」
問われてミリは自身の境遇をぽつぽつ話しはじめる。
フレイヤさんから「もっとミリちゃんのことを教えて」と言われて、久しぶりに過去を打ち明けることになった。フレッドや同じ兵士仲間は知っていることだが、両親を早くに亡くしたミリは六つ離れた妹と九つ離れた弟の母親代わりとなり三人で暮らしていた。近所の人たちが助力してくれたおかげもあり、子ども三人でも最低限の生活は送れていた。
安寧した生活が奪われたのはミリが十六歳になった年のことだ。他国の戦争に巻き込まれた故郷の島は瞬く間に火の海となり、避難を余儀なくされた。そのとき避難を手助けしてくれた革命軍に恩を感じて、妹弟と離れる決意をしたミリはあれから二年、総長やコアラさんの下で身を粉にして各地を駆け巡る。
親に甘える機会がさほどないまま両親が他界してしまったことや自分が長女ということもあって、長年誰かに頼るということをせずに生きてきたミリが、つい最近十数年ぶりに他人に身を任せたことがあった。
「ミリちゃんには弟妹がいるんだね。私にも妹がいるから同じお姉ちゃん仲間だ」
フレイヤさんの笑みはどこか寂しそうだった。そういえば、彼女にはエヴァという名の二つ下の妹がいると聞いたが、折り合いが悪く、すでに縁を切っていて連絡をとることもないと聞いた。たまに手紙で近況報告をする自分と違って、彼女は家族と良い思い出がない。それどころか、家では居場所さえなかったという。そんな人がこれほど優しい人間性に溢れるのは、人の痛みを知っているからだろう。
同じ長女という立場でありながらミリが最近頼った相手こそ、彼女であるのだ――
*
朝起きたときから体の調子が悪いことには気づいていた。しかし、元気が取り柄の人間ばかりに囲まれているせいか「体調が悪い」と訴えるのも気が引けたミリはそのまま一日を過ごすことを決める。あとでこっそり薬をもらえればそれでいいと思ったからだ。
午前中は難なく仕事を済ませられた。書類仕事は机の上でじっとして文字をチェックするだけでいいので体力は使わない。問題は午後の実践特訓だ。
城外で一対一の組手をしている最中のこと。やはりいつもより感覚が鈍っているせいか、ちょっとした不注意で怪我をしてしまった。フレッドに「何してんだ。医務室行ってこい」と呆れられたが、少しばかり休憩できると思って内心ほっとした。
段々と息も上がっている気がして、ふらふらになりながら医務室を目指す。組手の最中は集中しているために気づかなかった熱も、今なら相当きつい状態であることが自分でもわかる。仲間に気づかれなかったことだけが救いだ。
ところが、ノックした医務室からは返答がなく、入室してみると誰もいなかった。机の上を見れば、「少し席を外す。用がある者は二時以降に」と書かれた紙の切れ端が置いてあったので、ミリは落胆して近くの椅子に腰を下ろした。幸い、怪我は右腕のかすり傷程度なので自分でもなんとかなるだろう――と思って、勝手に棚をあさり手当てをしていたところ、思うように包帯を巻くことができなかった。利き腕を怪我したせいで上手くいかない。絆創膏だけでも問題ないのだが、訓練中は相手と接触することも多いのでなるべくなら丁寧に対処しておきたかったというのが本音だ。
「上手くできないな……諦めるか」
「貸してください。私がやりますね」
「――!」
不格好な緩い巻き方しかできずに手こずっていたら、突然細い指が自分の右腕に触れたのでミリはひゅっと息をのんだ。勢いよく顔を上げると、噂には聞いていた総長の恋人であるフレイヤ・カートレットさんが目の前に立っていた。
驚いて大した返事ができずに「あの」とか「えっと」とかつなぎ言葉ばかり並べ立てて、ただされるがままになる。ど、どうしよう……。心臓がバクバク鳴ってうるさい。
総長の下で仕事をしていれば、当然フレイヤさんの存在は知ることになる。恋人が見つかったときの様子や再会したときの話はこれまでにフレッドから聞いていたし、もちろん姿も見かけたことは何度かあった。ただ、話したことは一度もない。執務室にきて挨拶することはあっても、それは大勢の中の一人なので個人的な会話をしたわけではなかった。
慣れているのか、彼女の手当ては手際がよくあっという間に包帯が巻かれていく。らせん状に巻かれた右腕を見つめながら、ミリは医務室独特の香りに混じって漂う彼女の匂いにドキッとした。
「はい。これで大丈夫です」
「あ、ありがとうございますっ……では私はこれで――」失礼しますと椅子から立ち上がったミリを、フレイヤさんの手が引きとめた。刹那、急に立ち上がったせいで熱が一気に上がったのか体がふらつく。「……ッ」「あ、ごめんなさい。体調が悪いのに引っ張ってしまいました」
彼女が腰と肩を支えてくれたおかげでその場に踏みとどまり、倒れずに済む。自分より十センチ以上も小さい彼女に寄りかかるような体勢は情けなかったが、あまりにも体が言うことをきかないので大人しく「ベッドにいきましょう」という言葉に従った。
驚くべきことにフレイヤさんは体調が悪いとこちらが告げる前から気づいていたらしい。腕に触ったらとても熱かったし顔色が悪そうに見えたからと言われてさらに驚く。そういう素振りを見せたつもりはなかったのだが、もしかしたら一人だと思って気が抜けたのかもしれない。
ベッドに運ばれて横になると、急に節々が痛みだした。やはり熱も上がっていたようで、フレイヤさんが体温計を見て驚いていた。彼女は不在の医者に代わって、濡れタオルや水といった身の回りのものを用意してくれた。それだけでも充分だったのに、今度は着替えまで持ってきてくれるというからさすがに声をかける。
「あの、もう大丈夫ですから……フレイヤ、さんは戻ってください……っ」
我ながら情けないほどか細い声で、フレッドたちが聞いたら大笑いするだろう。ミリの同世代の仲間はほかにもたくさんいるが、軍隊長の下で戦っている者がほとんどなので顔を合わすことは少ない。だから弱い自分をさらけ出すのはなかなか抵抗がいる。
しかし、こちらの想いとは裏腹にフレイヤさんは首を横に振って笑った。とてもやさしい笑顔で、どうしてかわからないが心臓がきゅっと音を立てた。
「二時までお医者さんが戻ってきません。一人だと心細いと思うので、私がここにいますから……えっと、」
「み、りです」
「ミリさんは安心して寝ていいですよ。つらいときは無理しないでください」
微笑むフレイヤさんの顔を見たら泣きそうになってしまった。
ミリはこの表情を知っている。まだ両親が生きていた頃、風邪をひいて寝込んでいた自分のそばで手を握ってくれていた母親と同じ、やさしい顔。彼女の表情はそれとよく似ていた。もちろん母親とフレイヤさんは全然顔のつくりが違うが、表情から相手を思いやる気持ちがひしひしと伝わってくるのだ。
甘えてもいいいのだろうか。ここへ来てから頼る人間は誰もいなかったし、頼ること自体もう忘れかけていた。弟妹がいる手前、私が頑張らないといけない。そう思って生きてきたけど、少しは誰かを頼ってもいいのかもしれない。
フレイヤさんの心配そうな瞳に答えるため、ミリは重たい身体をなんとか動かして彼女の小さな手に触れた。
「ありがとう、ございます……フレイヤさんにそう言っていただけて心が随分楽になりました」
「私も前に無理して誰かさんに心配かけちゃったことがあるので。じゃあ着替え持ってくるまで待っててください」
恥ずかしそうに自身の失敗を話したフレイヤさんはさっと椅子から立ち上がって医務室を出ていってしまった。
がちゃんと扉が閉まる音を確認してからふうっと息を吐く。右腕の包帯を撫でたミリは直前までのことを振り返ってかあっと顔に熱が集まるのを感じた。頭がぼうっとするのは熱のせいでもあるが、彼女と話したことが夢心地のようにも思えたからだ。
噂通り、良い人だった。総長の恋人ってだけでかわいらしい方なのは想像に難くなかったし、実際話してみたら本当に優しくて可愛くていい匂いがして……。体調はすこぶる悪いのに心は軽い。ふわふわした不思議な感覚だった。
彼女が戻ってきたら、敬語もさん付けもいらないってことを伝えよう。そしてこれからは自分から話しかけても大丈夫か聞いて、それから――
*
ミリの記憶が残っているのはここまでだ。あのあとすぐに眠気が襲ってきて寝てしまったミリは、目が覚めた瞬間医者の顔が飛び込んできて悲鳴をあげ、迷惑そうに耳を塞ぐ彼から「着替えならフレイヤが持ってきてくれたぞ」と近くのテーブルに置いてあった服一式を手渡された。
本当に医者が来るまでいてくれたらしく、体温や症状まですでに伝わっていた。おまけに彼女が気を利かせて総長に伝えてくれたようで、このまま部屋に戻って休むよう言われた。何から何まで頼ってしまったが、おかげで早々に快復したのも事実だった。
そういうわけで、あの日からフレイヤさんとの関係が変わり、彼女から敬語がなくなった。名前も呼び捨てでよかったのだが「ちゃん付けがいい」という彼女の希望で「ミリちゃん」という少しこそばゆい呼ばれ方をされている。年齢的にも彼女より四つ下なので、姉がいたらこんな感じだろうかと密かに胸を躍らせながら、目の前でコアラさんと笑い合うフレイヤさんを見つめる。
貴族のことはよく知らないが、彼女のような優しい姉に不満を覚えるなんてミリには理解できなかった。エヴァという女性のことも知らないし、フレイヤさんのことを嫌っているなら知りたいとも思わない。彼女が、総長に出会うことができて心の底からよかったと思う。
「ミリちゃん大丈夫?」
「え?」
「なんかすごく難しい顔をしてたから」
しばらく一人で回想していたら、フレイヤさんが心配そうにこちらを見ていた。コアラさんもどうしたのという顔をしている。いけない。今は昔のことよりもこの楽しい時間を大切にしなければ。
ミリは慌てて否定する。
「いえ! ただお二人とのティータイムがとても楽しいなと思って……厚かましいお願いなんですけど、また誘ってほしいです」
「もちろんだよ!」
花が咲くような笑顔とは言い得て妙な例えだと思う。フレイヤさんにぴったりな例えだ。総長が彼女を好きな理由はいろいろあるだろうが、きっとこの笑顔も惚れた理由の一つに違いない。自分も同じ、彼女のやさしい笑顔に救われたのだから。
2024/08/18
ふぉろわ~さんリクエストより「ミリも含めた女子会」