くるっと一回転して、どうかなと言わんばかりの上目遣いにサボは目を覆ってうなだれた。
似合うし、可愛いし、上品で清楚なのになぜか色気を感じてしまうのは胸元から肌がわずかに見えているせいだろう。大胆に開いているわけではないが、小さな隙間の絶妙な肌見せ具合が逆に想像を掻き立てられてしまうので余計に質が悪い。
いま一度目の前の女に顔を向けてから腕を組む。頭の天辺から足の爪先までじっくり眺めてみて、身体のラインに沿ったタイトなワンピースをはたしてこのまま着せていっていいものだろうかと真剣に考える。いや、自分のためにめかし込んでくれたのは重々理解しているのだが。
「袖の紐がかわいいでしょ?」
「そうだな」
「ニットのミニワンピースなんて似合わないと思ってたけど、髪を下ろしてゆるく巻けば私でも大人っぽく演出できるんだって感動した」
「……そうだな」
馬鹿みたいに同じ返ししかできなくて呆然とフレイヤの姿を見つめる。んー……やっぱりどこからどう見ても可愛い。
今の彼女は発言通り、大人っぽさを見事に表現した恰好をしている。ミニワンピースというものが存在するらしく、膝から上の柔らかそうな太ももが見えているのがなんとも言えない。彼女の言う袖の紐とは、淡い黄色がかった白のワンピースの袖から黒い紐がくっついていて、それをリボン結びにしている装飾だ。確かにアクセントになっていて目立つ。ふんわり巻いた髪は通信部の人間にセットしてもらったようで、潜入任務の際に見たような色気を放っている。
興奮気味のフレイヤとは裏腹にサボの心境は複雑だった。今日はこれから町へ散歩を兼ねたデートを予定しているのだが、ほかの男に彼女の恰好を見られることがどうにも気に食わない。しかし、今さら着替えてこいとも言えないし、お洒落をしてきた彼女に対してそれは酷というものだろう。でもこんなに肌を晒したフレイヤをほかの野郎に見られるのも癪だ――と、先ほどから同じことをぐるぐる考えていた。
腕を組み、「うーん」と唸りながら自身の中で葛藤する。フレイヤの奴、最近胸も大きくなったし、このワンピースだと強調されちまうよな……。大体、胸元が微妙に見えるあのすき間はどうにかなんねェのか? ちらりと彼女に視線を流すと、ばったり目が合ってしまい気まずい。こちらの反応が冴えないからか、彼女の表情が暗くなる。
「もしかして、この恰好似合ってない……?」
「そんなことねェよ。すげー似合ってる。似合いすぎて、だから困る」
我ながら意味不明なことをたたみかけてしまい、案の定フレイヤはどうしたのかと言わんばかりに不思議そうな顔をして首を傾げた。
しかし、「似合う」と言われて素直に嬉しさをにじませた彼女はこちらの手に指を絡ませてきたかと思うと、
「じゃあ行こっか」
楽しそうに足を踏み出した。結局、ダメだとは言えないままデートに繰り出すことになった。
今日の空はやけに青い。彼女の後頭部の先に見える景色に、そんなどうでもいい感想を抱いた。
*
案の定と言うべきか、サボは四方から飛んでくるねっとりとした視線に煩わしさを覚えた。隠そうにも、今日の自分の服はいつものシャツとベストのみ。フレイヤに羽織らせることができる上着がなかった。
現在サボたちが来ているのはモモイロ島にほど近い島の港町であり、大勢で賑わっているわけではないものの、人通りはそれなりにある小さな町だった。大通りの店を適当に散策している中、道行く男の視線が彼女に向けられていることに気づいて、先ほどから通り過ぎるたびにねめつけている。たいていの奴らは「ひっ」と悲鳴をあげて逃げていくが、中には「ンだよつまんねェな」と睨み返してくる強者――というより怖いもの知らずがいるので侮れない。
サボはひと時もフレイヤから離れることなく手を繋いで歩いていた。彼女の話に合わせながら周囲の男に牽制するのはなかなか根気がいることで、少しも気が抜けない。しかし、彼女を一人にしたら間違いなく声をかけてくるだろうことは予想できたので離れる気はなかった。
「それで、通信部の先輩たちにお土産を買っていきたいんだけど何がいいかな」
「おれに聞くよりお前のほうがこういうのは詳しいだろ」
「そうかもしれないけど、私より美容に詳しい人たちだから迷うんだよね……無難にお菓子にしようかな」
と、あちこち店を見回すフレイヤが顔を動かすたびに髪が揺れる。ふわっと髪がなびくと、やさしい香りが漂ってくるのは最近気に入って購入したという香水の効果だろうか。サボにはイマイチわからないが、本当に今日は一段と見た目に気合いを入れているようでこちらとしては心配の種が増えて困るばかりだ。自分のために可愛くしてくれることにはたまらない気持ちにさせられるものの、それが他人の目にも入るとなると複雑だった。
大通りの中間地点を過ぎて少し横道にそれると、店の雰囲気ががらりと変わったのがわかった。アルコールや煙草の臭いがどこからともなく漂い、ガラの悪い連中が多くなった気がする。つまり、この通りは酒場や賭博場ばかりなのだろう。小さな町だが、朝から賭け事をしにやってくる若者や爺さんが忙しなく店の重たい扉をくぐっていく。
なぜこんな場所を通らなければならないのかというと、この道を抜けた先にフレイヤが探している店があるからだ。健全な若いカップルが来るような場所ではないため好奇の目で見られているが、ふとするとゲスな男の視線が彼女に向けられているので肩を抱いて野郎どもからの視線を避ける。賭博場の扉に寄りかかっている複数の男たちがニヤつきながら彼女を見て何かコソコソ言っているのにも腹が立つ。どうせロクなことじゃないだろうから知りたくもないが。
そしてしばらく続く薄暗い路地をひたすら歩き、ようやく曲がり角が見えてきたときだった。
「わっ、どうしたフレイヤ」
フレイヤが突然腕に抱きついてきたので、男たちに向いていた視線を流して彼女の様子をうかがう。面白くなさそうな顔をして腕から離れないのでサボは首を傾げた。普段の彼女なら、こうして人前で恋人とくっつくことなど恥ずかしがってやらないのに。「本当にどうしたんだよ」心配になって尋ねると、ぷくっと頬を膨らませた彼女が「見てる」と小さく呟いた。
「見てるって何を」
「女の子たちがみんなサボのことを見てるから、私の恋人だってことをアピールしたくて……」
さらに腕をぎゅっと抱きしめるので自然とフレイヤの胸が当たってしまい、こちらが躊躇うほど密着する。サボは一瞬時が止まったように目を丸くさせてから、次第に押し寄せてくる喜びに口元がだらしなく緩む。彼女がこんなわかりやすいほど嫉妬をあらわにしている姿は滅多にないので、嬉しくてたまらなかった。
男ばかりに目がいっていたが、酒場にも賭博場にも若い女の姿が結構あった。ロングスカートにスリットが深く入っている長身の女や逆に下着が見えるのではないかと思うほど短いパンツ姿で惜しみなく脚を晒している女もいる。フレイヤ曰く、彼女たちの視線が自分に向いているらしいのだが正直まったく気づかなかったので気にならない。それよりもフレイヤを見ている男たちのほうが――
「おれはお前をヤラしい目で見てる男のほうが気に食わねェが……」
「えっ」
「放っておいていいよ」
「あ、」
くるりとフレイヤの身体を自分のほうに向けて、向かい合う。見下ろした先にいる彼女が突然のことに慌てつつも恥ずかしそうにこちらを見上げてくる。その瞳とかち合って、たまらなく抱きしめたい衝動に駆られた。熱っぽい視線がサボを物欲しそうに見つめるものだからどうしようもない。早く二人きりになれる場所に行きたかった。
「とりあえず、買い物を済ませちまおう」
「……うん」
改めて手を繋ぎなおしてから、フレイヤの目的とするスイーツ専門店まで歩く。道行く人々がつまらなそうにしながら方々に散っていくのが視界の隅に映ったが、もう他人の視線は気にならなかった。
2024/08/24
ふぉろわ~さんリクエストより「セクシーな洋服を着てサボくんとデート」