ミノルパークに来てからそろそろ半日が経とうとしていた。閉園時間が近づいてきたからか、日中は観光客で賑わっていた土産物のショップも今は疎らだ。広大な遊園地を散々歩き回っただろうに、土産物を物色する彼らの表情は疲れていながらもどこか満足そうである。
フレイヤが通信部の奴らに土産を買いたいとのことで、帰りがけに寄った一番広い面積を誇る店の前でサボはひとり視線を巡らせていた。お揃いのTシャツを着て騒ぐ連中、幼い子どもを連れた家族連れ、仲睦まじいカップル――様々な客がサボの前を通り過ぎたり、そのまま土産物屋に入店したりしている。
そういえば、あいつらはもう船へ戻ったのだろうか。ふと入園した際は共にいた部下達のことが頭をよぎる。フレイヤと二人で回っているときは彼らと一切遭遇しなかったが、この広い土地ではそれも不思議なことではない。今日一日は各自が自由に行動できるし、生活物資の調達は別の仲間が担当してくれているので合流できなくても問題なかった。
だからサボは、そのときすっかり忘れていたのである。自分が今どういう恰好をしているのか――
直後、ぎゃはははという下品な笑い声がサボの耳に響き、何事かと視線を向ける。そこには見慣れた連中が腹を抱えて笑っている姿があった。余程おかしいのか、ひぃーっと地面にしゃがみ込む奴まで現れる始末。しかし、笑いの原因になっているのが自分の頭だということに気づいたサボははっとして例のかぶりものを剥ぎ取り、「お前ら」と詰め寄っていく。
「いや、なんで総長がソッチなんすか?」
「でも意外と似合ってるというか可愛いというか……ぐふっ」
最後にちらっとこちらを見てまた吹き出した部下を睨む。もうカチューシャはそこにないというのに、思い出して耐えられなくなったのか再び大笑いをはじめた。
嫌な想像が現実になってしまった。
サボが身につけていた"ピョンたん"のかぶりものは、このパークを彩るキャラクターのカチューシャであり、当然のことながら各キャラクター分そろっている。その中でも"ピョンたん"はウサギのメスである。フレイヤの希望により、彼女が被る"ピョン吉"に合わせたものだったのだが、生物学上で言うところのオスに値するのでどうして男の自分がメスでなければならないのか。納得できないながらも、彼女の気に入っているキャラクターが"ピョン吉"なので仕方ない。そうした事情を知らない部下達が好き勝手言い、目に涙を浮かべて笑っているのは癪に障る。
「お前ら覚悟はできてるんだろうな」
「え……?」
「本部に戻ったあとが楽しみだ」
ニンマリと盛大な笑みを顔に張りつけて彼らを見やったサボは、買い物に夢中になっているフレイヤの元に向かった。悲鳴をあげながら「嘘です」「ごめんなさい」「訂正します」等々いろいろ後ろで聞こえたが、全部無視した。
*
「勘弁してください。もうこれ以上は無理ですって」
床に伏せた一人の男がぜいぜい呼吸をしながら苦しそうに言った。それを見ていた周りも同じように無理だの、やめてくれだのと嘆くので、サボは彼らが伏せっている真上に立ち、喝を入れる。
「この前はよく笑ってたよなァ。あれくらい元気ならまだいけるだろ」
こちらの容赦ない言葉に部下達は一層悲鳴をあげて、無理だと意思表示するようにうつ伏せになった。どうやらこのまま難を逃れようとしているらしい。始まってから一時間しか経ってないというのに情けない。
数日前、運悪く恥ずかしい姿を見られた挙句に揶揄われたサボは仕返しとばかりに彼らと特別なメニューで特訓を行っていた。コアラには「大人げない!」なんて注意されたが、たまにはそういうキツい訓練があってもいいだろう。一応加減はしているし、本気でやっているわけじゃない――というのは、自分に都合のいい言い訳かもしれないが。
「だからその件についてはすいませんって言ってるじゃないすか。根に持ちすぎですって」
「別に根に持ってるわけじゃねェよ。ただ、笑った分はきっちり返してもらわねェとな」
「そういうのを根に持ってるって言うんです!」
上半身を起こした部下の一人が目を皿のようにして抗議する。そいつに続いてほかの連中も似たような発言を繰り返し唱えるので、そろそろ許してやってもいいかと早くも考えを改める(フレッドとミリも息が上がっているが、元々二人は体力に自信があるので周りよりいくらかまだ余裕がありそうだった)。時間的にも休憩に入る頃だ。コアラの言う通り、いつまでも怒っているのは大人げないというものだろう。
仕方ねェなと、彼らに一言告げようとしたときだった。
開放された訓練場の入口を申し訳程度に叩いて、「こんにちは」と鈴を転がすような――およそこの場に似つかわしくない可愛らしい声が聞こえて、全員が一斉に振り返る。
そこには両手に大きなトレイを抱えたフレイヤが立っていた。そろそろやってくる頃だとは思っていたが、思ったより早い到着だった。実を言うと、彼女には事前にいつもよりも厳しい訓練になることを伝えてあったので、体力回復に効果がある差し入れを願い出ていたのだ。どうやら気を利かせて少し早めに来てくれたようである。
フレイヤの手に持っているのが食い物だと理解した途端、先ほどまで死んだように伏せっていた部下達が次々に体を起こして彼女に駆け寄っていく。
「今日はなんだか大変だと聞いたので少し豪華に作りました!」
その大変である理由を知らないフレイヤが、トレイを床に置いて複数ある差し入れを一つずつ説明していく。
一つはアーモンド入りクッキー。スライスしたアーモンドとココアパウダーが合わさった香ばしいクッキーだった。料理長からナッツ類の中でもアーモンドは特に栄養価が高いと聞いて作ったそうだ。
次に卵をふんだんに使ったシフォンケーキという名前のふわっとしたケーキを取り分けながら彼女が解説してくれる。シンプルに卵、砂糖、牛乳だけを使ったケーキだが、焼き方が上手くいったのでふわふわのくちどけだと彼女が嬉しそうに語った。
最後は定番のおにぎりとから揚げだった。料理長にも手伝ってもらい、おにぎりに関しては最低でも一人三つは食べられるようにたくさん作ってきたという。具材は気を遣っていろいろ用意してくれたそうだ。
三種類の差し入れに歓声が上がり、早速とばかりに部下達ががっつく。その様子を呆れた目で見つめながら、自分もまたフレイヤに近寄って声をかける。
「ありがとな」
「ううん、サボもお疲れさま。大変だったんでしょ? すごい汗かいてるね」
ポケットから取り出したハンカチを額にあてて拭ってくれる。大変だったんでしょ、という言葉に対して曖昧に笑って誤魔化してからサボは「おれも食っていいか」とおにぎりに手をつける。一口で半分ほど口の中に放り込んだおにぎりは、肉肉しさを感じた。甘辛い。具の詳細はわからないが、とにかく肉が入っていることだけはわかった。
二口目で完全に食べきったサボは次の差し入れ――シフォンケーキに手を出そうとした。が、すでに大皿の上にケーキはなく、小皿に各自の切り取った分が乗せられているだけだった。みんなそれぞれ自分の皿を持っているのに対してサボにはその皿がない。
あれ、おれの分はどこだ……。きょろきょろと探していると、隣でクスクス笑う声がした。
「慌てなくてもちゃんとサボの分もあるよ。はい、口開けて」
「えっ……あ、」
シフォンケーキを一口サイズにカットしたものが突き刺さったフォークを目の前に差し出されて、言われるがまま口を開けた。「ん……ぐ」いつかのようにあーんで食べさせてくれたフレイヤが嬉しそうにどう?と尋ねてくる。口の中にふわふわした感触が広がり、シフォンのやさしい味が舌を包む。それはまるで作った人間のやさしさが溢れ出たようで。
粉砂糖がかかっているらしく、卵の味にほんのり甘さが加わりさらに美味しさが増す。以前にも増して料理の腕があがっている気がする。彼女曰く、「サボが美味しいって言ってくれるのが嬉しくてもっと上手くなろうって思っちゃう」らしいが、すでに胃袋を捕まえられているというのにこれ以上自分を翻弄してどうするつもりだろうと的外れなことを思わなくもない。
「美味いよ、すげェ美味い」
サボは当然のごとく褒めた。嬉しそうに目を細めたフレイヤがよかったと呟いたあと、一瞬きょとんとして固まる。しかし、すぐにケラケラ笑い出したので意味がわからず首を傾げた。どうしたのか聞くより早く、彼女がトレイの上に置いてある小さなタオルを手に取ってこちらに近づいてくる。
直後、「……」上唇あたりをタオルの布地が通り過ぎていく感触があった。何事かと思ってフレイヤに目で訴えると、「砂糖がついてたから」と再びタオルが今度は口の端にあたる。何度か往復したあと離れてから、ようやく事態に気づいて急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「……悪い」
「悪くないよ。美味しそうに食べてるサボ、かわいいもん」
「可愛いって、お前はまたそういう――」
そういう少しも嬉しくねェ発言をしておれをどうしたいんだ。
喉元まで出かかった言葉は、しかしフレイヤの楽しそうな顔を見て引っ込んだ。最近、食べている姿を見るたびに可愛いと言われるのでいい加減控えてほしいものだが、あまり気にしすぎるのも意識しているみたいで癪だ。そもそもサボにとっては彼女以上に可愛い存在などないのに、その本人から「可愛い」と言われるのはなんだかおかしな話だ。
「ケーキ、一口もらっていい?」と、彼女が当たり前のようにサボが使ったフォークを自分の口の中へ突っ込んだ。突然のことで返事をする余裕がなかったにしろ、彼女もまたこちらの返事を待つ気はなかったように見えた。
フレイヤの小さな口に突っ込まれたフォークをまじまじと見つめる。キスもそれ以上のこともしている恋人同士だというのに、今さらこんな小さなことでドキドキするのも変な話だが、彼女が当たり前にしてくれることに少しだけくすぐったさを覚えた。
しかし、余韻に浸っているのも数秒、視線を感じてふと顔をそらすと部下たちがニヤニヤしながら自分とフレイヤを交互に見ていた。少し離れたところで差し入れにがっついていたと思えば、いつの間にかこちらの様子に興味を示している。時々、二人きりではないことを忘れて彼女と話してしまうのが仇になることがある。不覚だった。
「……なんだよ」
「いーえ別に」
「思ってることがあるなら言えばいいだろ」
「言っていいんですか?」
「……」
そう問われると「余計なことは言うな」と言いたいところだ。こいつらの考えていることは大方予想がついている。どうせフレイヤには弱いだとか溺愛だとか言いたいんだろう。事実だから否定はしないが、他人から指摘されると揶揄われているようで癪に障る。
彼らはどうもまだ懲りていないらしい。これだけの量を胃の中に押し込んだのだから、夕飯までに消化する必要がある。運動する理由ができて願ったり叶ったりだろう。
「どうやらお前らはまだ動き足りないみたいだな」
「ぎゃーーーその目ェ怖い、嫌だっ……総長の訓練に付き合ったら死人が出ますって!」
「大丈夫だ、少しは加減してやる」
サボは満面の笑みで彼らを見渡した。それぞれ口の動きが鈍くなり、顔が蒼ざめていくのがわかる。ごくんという食べ物を嚥下する音が誰かの喉元から聞こえてきたかと思うと、
「目が笑ってねェ!」「断固拒否」「このあと別件で仕事があるので抜けます」「コアラさんに言いつけますよ」等々、あらゆる理由で特訓から逃れようとする奴らが続出した。
持っていた小皿をフレイヤに預けたサボは彼らの肩を掴み、遠慮しなくていいと笑みを崩さないまま伝える。フレッドに「部下で遊ばないでください」と苦言を呈されたが、構うことなくサボは彼らに歩み寄っていく。夕飯までまだ時間は十分にある。汗をかいてシャワーを浴びる時間もたっぷりだ。
最初こそぽかんと呆気に取られていたフレイヤはいつの間にかミリと談笑しはじめたので、しばらく二人にはそのままでいてもらおう。名残惜しい気持ちもありながら、サボはいったん部下達と再び――誰が名付けたのか「地獄の特訓」をはじめるのだった。
2024/09/01
ふぉろわ~さんリクエストより「ピョンたんのカチューシャ姿を見られて逆襲するサボくん」