最強の料理人と称される(らしい)ハーヴェイ・オスメントが手掛けるレストラン『ガストロノミー:ハーヴェイ・オスメント』は、リベルタ王国の西側、国境沿いのルーク地方に位置する最高級のレストランである。ルーク地方と言えば、貿易で栄え、最先端の料理の流行や技術を取り入れた美食の街として有名な場所だ。今や世界中の美食家たちや観光客が集まるところでもある。
食事だけでなく、芸術や文化、歴史的な建物、ブドウ畑や港に浮かぶボートといった豊かな景色も人気で、魅力的な町が複数あり、その中でも美食文化に特化したサンマルガリタはルーク地方最大の美食の町として知られていた。
そんな町に最高級のレストラン『ガストロノミー:ハーヴェイ・オスメント』は存在する。見た目は城の様相をしているが、貴族の邸宅を改築したようだ。王室御用達の認定証を持ち、レストランの名にもなっているハーヴェイは料理界の巨匠で、あちこちにレストランを展開しているのだが、その中でも『ガストロノミー:ハーヴェイ・オスメント』は最高峰だった。
最高級な食材とそれらの魅力を最大限に引き出した料理が客を魅了し、煌びやかな金色と黒で統一された空間がより一層気分を高揚させる――
というのは、すべて部下から聞き得た情報であり、サボ自身が調べたわけではない。しかし、人に説明するにあたって自分の中に知識として落とし込む必要があったので、数日間こっそり頭の中に叩き込んで今日を迎えたというわけだ。
最上階にある個室はサロンと呼ばれ、金と黒に包まれたレストランよりも城の広間を思わせる落ち着いた空間になっていた。バルコニーに続く窓からは、昼間であれば外の光が差し込んできて室内が明るくなるのだろうが、あいにくと今は夜なのでわからない。
そう、サボは今そのサロンにフレイヤと二人きりで向かい合い、豪華な食事を堪能中だった。
遡ること二週間前。ある理由で美味いメシ屋を探していたのだが、そのあたりに疎いためなかなか良い店が見つからず困っていたところ部下に紹介してもらったのがこの店というわけだ。雑誌にも出ていたり、美食家が本当に薦める美味いレストランとかいう本にも掲載されていたりと非常に有名らしい。紹介してくれた本人は行ったことないが、美食家の友人が太鼓判を押していたから間違いないと熱弁してくれた。
リベルタ王国と言えば、以前も任務で訪れたことがある場所だし、モモイロ島からもそこまで時間がかからない。サボは彼に礼を言って、早速店とコンタクトを取ろうと考えたのだが――それほど人気のある店なら二週間前では予約など取れないかもしれない。案の定、連絡してみるとサボが予定していた日は満席だと断られてしまった。
ところが、翌日になってサロンが一席キャンセルになったという。食いつくようにサボは空席になったサロン一室を確保した。まさか行けることになるとは思わず、教えてくれた部下もかなり驚いていた。
こうして、数日かけて"イグニフェル・インスラ"を構成する国、リベルタ王国のルーク地方、サンマルガリタまで訪れたわけである。
「ん〜〜すっごく美味しい! 海老単体もだけど、このタプナードと合うね。クリームは何を使ってるんだろう」
フレイヤが口元を押さえて感嘆の声をあげた。目の前には薄い大きな皿の真ん中にゼリーみたいな感触の何かに覆われている海老が添えられていて、右上にクリームソースとたぶんこの黒に近い緑っぽいペーストが彼女の言うタプナードとかいうやつがある。料理には全然詳しくないが、お品書きを見ればなんとなく想像くらいはできる。
格式高い場所ではドレスコードが決まっていて、今日の彼女は紺のロングドレスを着用していた。一見シンプルに見えるが、透け感のある袖やレースがあしらわれているなど細部にこだわったドレスで、派手すぎる恰好が苦手な彼女も「可愛い」と言って好んで着ていた。
男はジャケット着用が必須とのことで、サボは珍しくネクタイを締めてフレイヤに合わせて自身も紺色のジャケットを羽織ってきた。手袋はさすがに店に着いたら外してクロークに預けている。
ついでにテーブルマナーも彼女と事前に確認したのだが、彼女は昔の名残でほとんどの所作を記憶していた。フォークとナイフの捌きは自身も料理人であるからか、とても繊細で美しく映る。洗練された彼女の所作に思わず見惚れる。とはいえ、自分も持ち前の器用さで彼女に見合うよう動きを真似て、優雅な食事の時間が過ぎていく。
どうしてこんな窮屈な思いをしてまで高級なレストランに来たかと言えば、もちろん理由がある。むしろ特別な理由がなければ、一生来ることなどないかもしれない。
「フレイヤに美味いって言ってもらえてよかったよ。予約した甲斐がある」
「ありがとう。まさかサボがこんなサプライズを用意してくれるなんて思ってなかったからすごく嬉しい」
「お前の誕生日祝いなんだから当たり前だろ? その顔が見られておれも嬉しいよ」
言われたフレイヤは目をぱちくりさせながら、やがて恥ずかしそうに俯き小さな声で再びありがとうと呟いた。傍らに置いてあるワイングラスを手に取って一口。飲み物で恥ずかしさをごまかそうとしているのか、「ワインも美味しい」なんて可愛い一言をこぼす。その仕草にサボはたまらずぷっと吹き出した。
彼女の誕生日の話を聞いたのは、非常に不本意だがコアラを通してだった。
以前、フレイヤがコアラの誕生日を祝っていたときのこと。良い思い出がないのか、と問いかけたコアラに対して彼女は答えなかったという。正確に言うなら、答えたくなかったのかもしれない。良い思い出がないのは事実なのだろう。コルボ山に来るまでの彼女がどんな幼少期を過ごしたのか、サボは詳しく知らないが無理やり聞くことだけはしてこなかった。話してくれる気になったら、そのうち話してくれるだろうと思っていたからだ。
こうして事態が動いたのは今から二週間前。談話室でカレンダーをぼうっと見つめているフレイヤを見かけたコアラがどうしたのか聞いてみると、迷った末に誕生日がもうすぐなのだと寂しそうに語ったという。サボも自身の誕生日に関して特別思い入れはないが、フレイヤに祝ってもらったあの日から特別なものに変わった。だから同じように返したいと思ったのだ。彼女がくれた相手を思いやる気持ちを――
目の前の料理に舌鼓を打ち笑顔になるフレイヤを、サボはこれから先もずっと大切にしたいし守りたいと思う。
「誕生日はね、毎年妹との差が酷いから好きじゃなかった。同い年の子がくれたプレゼントも嫌味なものが多かったし……」
三つの前菜を終えて、ウエイターがメインディッシュである「牛肉のグリル 季節野菜添え」を置き、立ち去ったあとのことだった。フレイヤが唐突に語りはじめた。
彼女の話では、毎年姉妹それぞれ誕生日会を開いてくれるそうだが、妹のときは庭園で大勢の招待客を呼び、有名なシェフを招いて豪華な料理を並べて盛大に祝うのに対して、自分は中心街にある小さなレストランで簡易的に済まされ、プレゼントもいつの間にか部屋に置かれているだけで両親からの「おめでとう」は添えられた一枚のカードのみ。かけられる言葉はカートレット家に従え、言いつけを守れ、そんなことばかり――こうして、いつしか彼女の中で誕生日会は楽しくないイベントになっていった。
目を伏せ辛そうに語るフレイヤの目には涙が浮かんでいた。「でもね」と続けて微笑む。
「サボがまた塗り替えてくれた。忙しいのにこんな素敵なレストランでお祝いしてくれた。それだけで嬉しい」
「驚くのはまだ早ェぞ」
「……?」
首を傾げるフレイヤに、サボは隠しておいた細長い袋を取り出して料理の邪魔にならない場所にそっと置いた。
誕生日と聞いて一番に思いついたのは贈り物だ。これまでホワイトデーや任務先の島で突発的にプレゼントを買ったことがあるが、誕生日となればまた一段と気合いが入るものである。サボの中では彼女の趣味である花に関するものがいいと決めていたので、あとは"どんなものにするか"を決める必要があった。
しかし、贈り物などほぼしたことがないサボにとって女性が喜ぶものなど当然わからない。こういうことはやはり詳しい人間に聞くのが一番だと思い、コアラに尋ねたのだった。
「これってもしかしてプレゼント……?」
「ああ」
「開けてもいい?」
「もちろん」
いったんナイフとフォークを皿に置いたフレイヤが袋から縦に長い箱を取り出して「なんだろう」と、玩具を前にワクワクする子どものような顔をした。コアラからいくつか見繕ってもらい、実際自分で選びに行ったので自信は一応ある。
そういえば相手の喜ぶ顔を想像しながらプレゼントを考える楽しさも、フレイヤが教えてくれた。以前、コアラがフレイヤは見返りなんて求めてないと言ったが、だとしても彼女が生まれたことを喜び祝ってやる人間がいてもいいだろう。少なくともサボは祝いたいと思っているのだから。
ぱこっと箱を開けて彼女が実物を取り出した瞬間、わあっという感嘆の声が漏れ出た。嬉しそうにプレゼントを見つめる彼女の興奮が伝わってくるようで自然とこちらも顔が綻ぶ。ああ、この顔を見るために準備したのだとこのとき理解した。
フレイヤに贈ったのはチューリップのブーケ型ルームライトだ。三輪のチューリップがコンクリート製の六角形型の鉢に入っていて見た目は本物の花のようで、日中はインテリアとして活用し、夜はライトとして機能する。花の色は四色から選べると言われて悩んだ結果、白を選択した。彼女の雰囲気に合う色だからだ。
「かわいい! こんな素敵なルームライトがあるなんて知らなかった。ありがとう、すごく嬉しい」
嬉しい。どこに飾ろう。楽しみだなあ。
次から次へと感動の言葉が止まらないらしいフレイヤの表情は、まるで本当に子どものようで可愛い。幼少の頃、辛い思いをした彼女が「誕生日なんて好きじゃない」と二度と思わないように、これから自分が目いっぱい祝ってやりたいと思う。
サボはテーブルの上に置かれた彼女の手をそっと包む。
「おめでとうフレイヤ。生まれてきてくれて……おれの元に来てくれてありがとな」
「……ッ」
はっとしたフレイヤがぽろぽろと涙を流していく。声を殺して静かに泣く彼女は儚くて美しかった。「泣くなよ」と宥めるように優しく手を撫でて、彼女が落ち着くの待つ。
きっと、誕生日のたびに辛い涙を流したのだと思うと胸が痛むが、でもだからこそ今日が少しでも良い日になればいいと願わずにはいられない。もう彼女が泣かなくて済むように。
「私のほうこそありがとう。サボのおかげで楽しい誕生日になったよ」
泣きながら、フレイヤがふわりと笑った。そのあとゆっくり大事そうにプレゼントをしまう彼女を見たら、胸がいっぱいでどうしようもなくなった。
今夜はただただ、彼女を慈しみたい。そんな想いが心の底から溢れ出していく。
サボは食事を再開させた彼女と笑い合いながら、自身もまた最高級の料理を楽しんだ。
2024/09/08
ふぉろわ~さんリクエストより「高級レストランで食事をする二人」