微妙な関係

中学三年のお話。
登場キャラ:椎名翼(しいな つばさ)、井上直樹(いのうえ なおき)、畑五助(はた ごすけ)
名前のみ登場:西園寺玲(さいおんじ あきら)



 翼はなんていうか、本当に頑固だと思う。賢いくせに変なところで譲らない。ある意味でバカなんだけど、そこがとっつきにくい雰囲気を壊してくれた気がする。本人に言ったらお得意のマシンガントークで打ちのめされるので絶対口には出さないけど。

 こうして翼やみんなと一緒にサッカーにのめり込んで学校生活が一層楽しく思えるのと同時に、私の心にはわだかまりが居座っていた。理由は勿論わかってるんだけど、自分から切り出すのは今さら恥ずかしい気がしてうやむやなまま日々が過ぎていく。

 1年前翼に出会い打ち解けてから、気づけばもう中学最後の夏。あれよあれよという間にここまで来てしまったけど、共に過ごすたび気持ちだけは加速していって行動が伴わないのにはそろそろ終止符を打たねばならないと本気で思う。

 だって、翼は……


『つばさくーん!』


 直樹たちと教室に入ってきた当事者、翼に女子特有の黄色い声が浴びせられた。ファンクラブまであるらしい、と聞いてはいるけど相変わらずの人気っぷりなようで少しイラッとする。いや、身勝手なのはわかってるんだけど。

「翼くーん」

 自席に戻ってきた翼にさっきの女の子たちと同じトーンで呼んでみる。すぐさま、彼が怪訝な顔をこっちに向けたのでどうやら失敗だったらしい。

「なにそれ、気持ち悪いからやめてくれない?」

「ちょっとー女子に向かって気持ち悪いはないんじゃないの」

「どこに女子がいるって?」

「うっわ、むかつく」

 隣でその会話を聞きながらバカ笑いする直樹と五助もむかつくけど、なんといってもこの私より綺麗な顔なんじゃないかっていう憎たらしい目の前の人物。したり顔でこちらを見る限り、悪いなんてこれっぽっちも思ってない証拠だ。

 私は他の女の子より翼に近い存在ではあるけど、いつもこんな調子だから甘さの欠片もあったもんじゃない。

 確かに翼と話してるのは楽しいから、それはそれで心地いい場所ではある。ただ、その先へ進むには私は彼に対して憎まれ口をたたきすぎてる気がしてならない。

「そんなことより、日曜が予選決勝ってわかってる?」

 私が翼のことで悩んでるのに当の本人はお構いなしに部活のスケジュールを確認してくる。人の気も知らないで、余裕な顔しちゃって。

 ただのマネージャーから抜け出したいって思ってるの、気づいてる?

 私は異性として、翼が好きなんだよ。翼はどうなの。

「はいはいわかってますって、朝8時にグラウンドでしょ」

「ついでに玲にも連絡しておいてよ」

「りょーかいキャプテン」

 じゃ、担任に呼ばれてるからといってまた教室を出ていく翼。

 それを見送ると、盛大にため息がこぼれた。私のそんな態度に直樹が「辛気臭いのう」とつぶやいたので、精一杯反論する。

「なによ、仕方ないじゃない」

「だったら早よ気持ち伝えたらええやん」

「でも……」

「ま、そんな簡単に言えるっちゅうわけでもないか」

 その言葉に納得した五助が、は翼に最も近くてある意味で最も遠い存在かもな。

 なんて妙なことを言うもんだから怖気づいてしまう。だけど少なくとも翼の中で、女子の位置として私がいま一番そこに近いんだって自惚れるくらいには距離をつめているはずだ。

 伊達にこの1年間翼と一緒にいたわけじゃない。いがみ合うのも、そこはお互いの存在を認めた上で成り立っている。

「まーあとは翼次第やなあ。ああ見えて素直じゃないとこあるし」

「勉強できるくせに、こういうのは案外奥手なんだろうな」

 煮え切らない答えに、結局私たちの関係はまだよくわからないまま。

 中学最後の夏はもう始まっているというのに。