どこまでしていいわけ?
大学生のお話。
登場キャラ:椎名翼(しいな つばさ)、井上直樹(いのうえ なおき)、黒川柾輝(くろかわ まさき)、畑五助(はた ごすけ)、畑六助(はた ろくすけ)
事の発端は飲み会の場でのこと。お調子者である直樹の一言から始まった。
「、お前翼とどこまでいったん?」
そろそろ酔いが回ってくる頃だとは思っていたけれど、まさかこんな露骨に聞かれるなんて予想外だ。翼本人が席をはずしているのをいいことに聞き出そうって魂胆が丸見えだっての。まあ、直樹らしいっちゃそうなんだけどさ。
もう少しオブラートに包むことができないものか、と彼の顔を見ながら呆れる。
ほら、柾輝だって呆れてるじゃんか。
「なんでそういうこと聞くかな。直樹はもう少しデリカシーってもんを身につけてほしい」
お酒に強い私はまだ素面。この手の話題は大学生になってから嫌というほど味わっているというかふられる。酒の肴ってやつに相当するみたい、恋愛トークは。
苦手じゃないけど、あんまり自分の恋愛を話すのは好きじゃない。聞かれたら多少なりとも答えはする。けど、気の知れた昔からの知り合いにこういうこと聞かれるのはなんだか気まずい。かれこれ8年以上一緒にいるわけだし、その辺は私のいないところでやってほしい。
あ、でもそれもやだな。
「お前翼にシメられるぞ」
「だから今聞いとるんやろ」
「大体女子にふる話題じゃねーよ」
「ほんとだよ!あんたねえ、まさか周りの女の子に対してもそうなんじゃないでしょうね」
「ちょ、人聞きの悪いこと言うなや」
高校卒業後、翼はスペインへ、私たちはそれぞれ大学に進学した。翼と柾輝にいたってはU-22の日本代表でもある。決して忙しくないわけじゃないけど、こうやってたまに昔の仲間で集まるのはやっぱり楽しい。
お酒も飲める歳になったし、みんな大人になったんだと直に感じることができる。柾輝とは大学が同じだからよく会うけど、他のメンバーは半年ぶり。翼なんか最後に会ったのは1年以上も前だ。
だからというわけじゃないけれど、翼とそういうことをする時間も機会もそんなにないのが現実で。気にしたことはなかったけど、言われてみればまだ、だ。
「ふーん。直樹はそんなに俺に虐められたいの」
いつの間に戻ってきたのか、顔は笑ってるのに目が笑ってない翼がそこにいた。全員に戦慄が走る。あーあ、翼を怒らせるとどうなるかってことくらいわかってるのになんでこうなるのかなあ。
直樹が半ば泣きそうな表情をこちらに向けるけど、私は舌を出して知らんぷり。だって、どうせ解散したら火の粉は私に飛んでくる。いま自らそこへ飛び込んでいく必要がどこにあるというのだ。
*
あの後、散々翼のマシンガントークという名の説教をくらった直樹は最終的にかなりしぼられていた、気がする。可哀相だなって思いつつも、一度話し始めた翼を止めるなんて誰ができようか。
解散して翼と二人で家路をたどる。一週間という短い期間だけ帰国している翼はその間私の暮らすアパートへ寝泊まりしてもらうことになっている。海外のシーズンオフとはいえ、日本代表である翼は遠征のためにまたココを離れてしまう。
私と数センチしか変わらなかった翼が今ではもう見上げないと目線を合わせられないなんて、時の流れは早いとはよく言ったものだ。そんなことを考えて、ふっと笑みがこぼれる。飲み会のあとはどうもおセンチになる。不思議だけれど。
感傷的になったところで、気づけば玄関先で靴を脱いでいた。
「で?」
部屋の電気を点けてすぐ、翼が口を開いた。
私に劣らず翼もお酒が強い。酔った勢い、なんてそんなのあり得ない。ロマンチックなことは求めないけど、やっぱり雰囲気は大事にしたいって思う。
だから、私に言わせないでよ。
「なに」
「はどうなのさ」
「だからなに、が」
「わかってるくせにしらを切るわけ」
「別に……そういうわけじゃないよ」
「やっと二人きりになれたってのに」
翼はズルいね。いつもそうやって私の一枚上を行くんだからさ。
急に溢れてくるこの感情に一体どんな名前をつけたらいいのか。私は知らない。ただただ、目の前のこの人がひどくいとおしい。
「直樹に触発されたっていうのが癪だけど」
「うん」
「ねえ、」
「……」
「どこまでしていいわけ?」
ああ、そんなこと聞かないでと思う。
答えなんか聞かなくてもわかるでしょう?