結末はハッピーエンド?

社会人のお話。
登場キャラ:椎名翼(しいな つばさ)
名前のみ:西園寺玲(さいおんじ あきら)、風祭将(かざまつり しょう)、黒川柾輝(くろかわ まさき)、高山昭栄(たかやま しょうえい)、谷口聖悟(たにぐち せいご)



『マラガCF』

 俺が所属するスペインのチーム名。バルセロナやマドリードに比べたら知名度は低いけど、リーガ・エスパニョーラで充分に活躍するプロ集団だ。

 がどこのチームなのか教えろってうるさいから教えてやったってのに、返ってきたのが「なにそれ知らない」の一言だったから、思わず電話して文句を言ったのが俺が初めて試合に出場することが決まったとき(確か渡航して2年経った頃だ)。一人暮らしのくせに生意気にも海外サッカーが年中見られるっていう特別なチャンネルを契約するって意気込んでたあの頃の彼女が懐かしい。

 今じゃ俺も正レギュラーとして背番号をもらって試合に出るようになったんだから、そりゃ歳もとるわけで。で夢だった翻訳の仕事をしていて、初めて海外の有名小説家の翻訳を任されたときは嬉しそうに俺に報告してくれた。ここでの生活も選手としても軌道にのってきたし、そろそろ頃合いだと思うんだよね。

 恋人であるとはいえ、出会ってもう10年以上が経つしお互いの良い部分もダメな部分も知ってる。すべてを受け入れて、それでも彼女と繋がってるのだからこれはもう言い切っても良いんじゃないだろうか。

 そんな中、今月末に日本代表戦がホームで行われる。俺も一応代表のメンバーとして呼ばれているからその間帰国するわけだけど、俺としては好都合だったりする。

 もし勝ったら、なんてそんな仮定の話をの前でするわけにはいかないから柾輝や代表の仲間だけに伝えておいて、アイツを驚かせてやろうと思う。だから何としてでも勝ってやるさ。


*


、明日は関係者席だってこと忘れてないよね」

 試合前日、宿泊先のホテルから確認するように電話越しで伝える。代表合宿へ合流する前に少し早めに帰国してには会ったけど、いろんな意味で大事な明日を控えた俺はこの高ぶる気持ちを落ち着かせようと電話を入れた。

 緊張するとか、そういう質じゃないけどいつになく心がざわついてる。

「知ってるよー玲ちゃんからチケット送られてきた。ありがとうね」

「そ、ならいいや」

「将くんたちにも久々に会えるの楽しみだなあ」

 悠長に昔からの知り合いの名を口にするがおかしくて思わず吹き出してしまう。そんな俺を怪訝に思ったのか「なに笑ってんの」と面と向かってないはずなのに、突き刺さる視線を感じるのは気のせいじゃないはずだ。

 早く伝えてやりたい、と出かかった言葉を飲み込んだ代わりに言う。

「明日、勝つよ」

「なに急に、翼らしくない。変なの」

「お前ね、そこは『大丈夫だよ』とか『頑張って』とか言うだろ普通」

「今さら私にそういうの求めてるの?違うよね」

「あーもういいよ。ほんっとかわいくないね」

「……がんばれ」

「……」

 唐突に発せられたそれに見事言葉を失った。認識するまでに多少の時間を要して我に返る。のくせに、そういう小技なんか覚えるなよ。

 機械音に混じって聞こえる笑い声に悪態をついて、いつも通りの会話を交わせていることに安堵する。言葉にはしないけど「ありがとう」はいつだって思ってる。だからこそ、明日は特別だ。


*


 五分五分の試合展開を見せる中、リードを許して前半を終えた。けど、後半が始まってすぐに将が執念のゴールを決めて同点。あと必要なのは逆転ゴールだ。

 試合の後半戦も残すところあと10分、そんなとき再び日本に危機が訪れた。ファールをとられて格好の場所からのFKを相手側に与えることになった。PKではないにしろ、向こうのチャンスであることに変わりはない。守備の要を任されてる身として、ここは絶対に死守したい。

「マサキ、7番。谷口は9番、高山は16番を徹底マーク」

 メンバーに指示を出して備える。ここを守らなきゃさっき将が同点ゴールを決めてくれたのが意味なくなっちまう。

 相手の10番が蹴った瞬間、即時に全員でゴール前を固めて守り抜く。何がなんでも、ここはっ……

 俺たちの気持ちが一つになって、その危機を振り切りボールを前線へと送る。これ以上好き勝手なことさせるかってーの。

 あれから同点のまま延長戦に持ち越した後、俺のアシストで将が決めてくれて2−1で見事勝利。試合が終わって監督、将と順番にインタビューが回って来たあと、キャプテンである俺もそこへ呼ばれた。

 当然のことながら聞かれるのは試合の内容だし、こんなこと言ったら監督にあとでどやされるかもしれないけど。チームの勝利で監督もご機嫌ってね、そこはどうとでもなる。

「椎名選手、キャプテンとして今日の試合を振り返ってみてどうでしたか」

「その前に、この場をお借りしてどうしても伝えたかったことがあるので言わせてください」

 冷めやらぬスタジアム内の熱気に包まれる中、自分の声が全体に響く。観客席から立ち上がり、スタジアムを後にしようとする人々が何事かと立ち止まるのが見える。

 マイクを向ける女性記者が首をかしげているけど、まだ席に座っているに向けて話を始めた。

。俺たちお互い自分の仕事に誇りを持ってるし、きっとそれが二人でいる時間の妨げになる」

 俺はスペインが本拠地では日本。これまでもそうやってお互いの背中を応援してきた。だからこそ、関係が変わっても想いは変わらない自信がある。

 始めは友人でそこから恋人になって、今度はもっとその先へ。

 これからも共にありたいと思うよ、おれは。

「けど……この先もずっと俺と一緒にいてほしい」

 その時のの顔を、俺は一生忘れない。


 試合の翌日、からメールが届いていた。開いてすぐ、いかにも彼女らしい文面に独りで笑って俺は返信する代わりに発信ボタンを押す。

『翼ってばほんと信じらんない!なにあれ、公開処刑かと思った』