ちょ、なんでここにいるんですか

 基本的に宴会みたいなノリは、あまり好きではない。少人数で盛り上がるのが楽しいのであり、大勢でどんちゃん騒ぎは勘弁してほしいところである。そもそもは、自分と同じ研究室のメンバーをほとんど知らない。実際に今、自分の目の前に座っている男子が同じ研究室であったことに驚いている。

 課題を片付けてようやく終わったと解放感に溢れていたところに、研究室メンバーでの飲み会の誘いがあったのはつい2時間前である。

「ちょっとってば、またそんな恰好してるー。なんでこういう場にそういう服着てくるわけえ?」

 先ほどから空いていたの左隣に、研究室の中でも仲良くしている友人がとろんとした目でこちらにやって来た。語尾が変に甘ったるさを帯びているのは、やはり酔っているせいだろう。

 お洒落な彼女は、確かにと比べると天と地の差を感じるが、だからといって短いスカートも胸元が開いているトップスも自分に似合うとは思わない。

「そういう服って?」

「だからあ、色気ない服装ってこと」

 緩んだ口元はグロスがきらりと光っている。女のでも動揺する表情だ。

「あんたがスカートで来いっていうから着たんだけど」

「そんな魔女みたいなワンピース着てこいなんて誰も言ってませーん」

「まじょおー?これのどこが、」

「真っ黒のワンピースなんてどう見ても魔女でしょ」

 なんだその偏見は、とは口に出さなかった。確かに見えなくも、ない。

 キャハ、と口元に手をあてる仕草は妖艶で、到底真似できないと思う。こういう女の子が男ウケがいいというやつだろう。自分の日常からはかけ離れていて、がこの場にいること自体不思議だった。

 けれど、たまには付き合いでこういった場に来ないと友人がうるさいので、3ヶ月に1度は顔を出すようにしている。にもかかわらず、いまだに仲間の顔をよく知らないのだ。

「あんたと違ってお金がないんだっての。それに徹夜が続いたり、マンションで引っ越しがあったりしてバタバタしてて……」

「引っ越しって、あのオシャレなところから出ちゃったの!?」

「あーごめんごめん。わたしじゃなくて隣の人が、ね」

 元々、お金に余裕のなかったは、住む場所だけは気に入ったところにするという目標を立てていた。結果、見つけたのがいま住んでいるマンションの一室であり、一人暮らしにしては若干贅沢な場所である。大学生になったらお洒落な東京のマンションに住む、とありきたりな憧れを抱いて手に入れたはいいものの、それ以外のことにまで回す経済的余裕は皆無だった。

 家賃はまあ想像通りの高さで、光熱費や携帯料金等を支払うと毎月プライベートに使えるお金なんてたかが知れている。それでも、あの一室に住んでいることを後悔しているわけではない。

「隣?」

「うん。一昨日隣に引っ越してきた人がいてさーこれがちょっと問題ありで……」

「問題ってなに」

「うーん……ちょっと揉めたっていうか、なんていうか」

「え、それ大丈夫なの?」

「多分。まーわたしの早とちりで招いたことだから……」

 詳しい事情を尋ねてくる友人に、一昨日の出来事を話す。改めて振り返ってみると、やはり自分は相当失礼な態度を取っていたと自覚する。喧嘩をしていると決めつけた上に、性別を間違って認識していたのだから。

 友人はカシオレを片手に笑っていた。そんな面白い話をしているつもりは毛頭ないのだが、どうやら彼女が注目しているのはそこではないらしい。

「でもイケメンなんでしょ?いいなー羨ましい」

「いやいや何言ってんの!?確かに顔は整ってるけど、性格に難がありそうだよ……」

「ふーん。俺のことそんなふうに思ってたわけ?」

 突如聞こえてきた身に覚えのある声に、肩が跳ね上がった。間違いない。椎名、さんだ。

 恐るおそる振り返ると、果たしてそこにいたのは隣人の椎名さんだった。なぜここにいるのだろう。綺麗な顔は、口角を上げて笑みを作っているが、どう見ても怖い。これはたぶん怒っている。

 椎名さんのほかに数人の男もいる。彼のご友人たちだろうか。口元を抑えながら笑ってるように見えるのは気のせいではないはずだ。そういえば、引っ越し当日にもいたような気がしなくもない。

「え、どうしてここに……?」

「俺らも飲みに来たんだよ。……それより、その話詳しく聞かせてくんない?」

 どこかのアイドルよろしく笑顔で迫る椎名さんに、ぶるりと背中が震えた。

 ああもう、最近こんなのばっかりだ。は諦めて、またもや頭を下げたのである。