一緒に映画でもどうですか

 隣人とはいえ、ここまで関わりがあると今日ももしかしたら何かあるんじゃないかと思っていた矢先だった。例の隣人、椎名翼と外出先でまたもや出くわしたのである。

「またですか……」

「それはこっちの台詞だけど」

 どこのブランドかはわからないが、オシャレなTシャツと細身のジーンズをまとって佇む翼がいた。服装から考えて多分練習がない日なのだろう。首から下げているアクセサリーが余計に彼のお洒落さを倍増させている。

 昨日、大学で聞いたコンテストの結果に落ち込んでいるところを見られたは仕方なく翼にその経緯諸々を話すことになった。早く話せだのもったいぶるなだの散々な言われようだが、彼なりに慰めようとしていたのは伝わったので、ありがたくその厚意に甘えたのだ。そのおかげか、まだ少し引きずってはいるものの思ったより悲しくなっていないことに気づく。それはやっぱり、彼のあまりわかりやすいとは言えない優しさがあったからなのだろう。

「なんでここに翼さんが?」

「マサキと待ち合わせだったんだけど、急用で三時間遅れるっていうから映画でもみようと思ってさ。そっちは?」

「私は気分転換に……ちょうど見たかった映画があったので」

 特に予定もない日曜日。図書館に行って読書をするのが貧乏大学生のには最適な選択だが、たまには違うことで休日を過ごしてもいいと気まぐれに思ったのが始まりだった。

 そこでふと気になっていた映画があったのを思いだしたは、その足で近くの映画館まで来たのである。彼女の住むところから二つ隣の駅にあるため、映画をみるとなったら同じマンションに住む翼と会うことがあってもおかしくはない。

 ただ、偶然が続くことに驚きを隠せないだけだ。

「一人で?」

「悪かったですね!どうせ一人ですよ!」

「別に悪いとは言ってないだろ。俺も基本映画は一人で観たい派だし」

「……え、そうなんですか?」

「ったく、勝手に決めつけるなっての」

 翼はため息をつくと、デコピンしてきた。痛い。訴えても、「そんな強くやってない」と言い返されたので反論は諦めることにする。翼の口が達者であることは、これまでの出来事をふまえればわかりきっていた。だから、は余計なことは言わないようにしている。まあ、そうは言っても大抵は口論になるのだが。

 休日ということもあって、映画館のまわりは人で溢れかえっていた。都心部からは少し離れているが、複合施設の中に併設する映画館はやはり集客数が多いらしい。家族連れ、カップル、友人同士などあらゆる人が集まっている。

「でさ、なに見るの?」

「え……ああ、このティムバートン監督の最新映画を観たいと思ってて……」

「ふーん」

 指差したチラシを眺めながら、口元に手をあててなにかを呟いていたが小さくてよく聞こえなかった。だけどすぐに「よし、俺もこれにする」と言って、がまだチケットを買ってないことを確認するや否や一人でチケット売り場まで行ってしまった。

 あまりの速さに突っ込む間もなく、しばらくして帰ってきた翼がひらひらと2枚のチケットを見せたので呆然としてしまう。

「あのーもしかしなくても一緒に観るんですか」

「見てわかんない?」

 ですよね。

 こっちの意見を聞かないところが翼らしい。別に今更驚きはしないが、すでにシアターの方へ歩き出した彼の後ろ姿を見ながら、決して大きくはない背中のどこにそんな自信があるのかと不思議に思った。サッカーにおいても、聞けば守備の要を任されているという。信頼されているのだろう、それは彼とよく一緒にいる仲間からも窺えた。容姿と裏腹の中身には、最初こそ驚いたものの、翼という人間を知っていくほど惹かれるものがある。毎回こうして丸め込まれるのは腑に落ちないが。

 映画だし、別に一人で鑑賞するのと変わらないからいいかと開き直り、もうあと15分程度で始まるギリギリの回なのでも翼が向かった先に続いた。

 開始時間間際にチケットを取ったせいか、席はほぼ埋まっていた。後ろのほうの端が(しかも2席)空いていたのは奇跡に近いと言える。指定の席に二人で腰を下ろすと同時に、映画上映前の広告が始まった。

 そして本編が始まると、は隣に翼がいることをすっかり忘れて映画の中身に集中した。少々ホラー要素のある世界観は、のめり込むには充分だったのだ。だから、エンドールが終わってしばらくしたあと「行くよ」と声かけられた時には一瞬なんのことか理解できなかった。我に返ってようやく、自分が一人で観に来ていたわけではないことを思い出す。先に席を立った翼を慌てて追いかけた。

 場所が変わって、複合施設内のレストラン街。映画の半券が割引に使えるカフェへ翼と来た。昼食には遅いし、夜にしては早い。それに、翼はこのあと友人と会うのだからしっかり食べるわけにはいかないだろう。

「ティムバートン監督って独特な映画を撮りますけど、今回のはまた異色でしたね」

 二人分の飲み物が運ばれてきたところで、早速映画の話を切り出した。一人で観てしまうと感想を述べる場もないが、誰かと観ればそれを共有できる。翼がこの映画にすると決めたからには、それなりに興味を持っているはずだ。

「特に最初ね。ホラー映画なのかと思ったけど、戦闘シーンは笑った」

「ああ!わかります!ガイコツが出てきたりユーモアたっぷりでした」

 そこから話は止まらなかった。一通り観た映画の感想を言い終えたあとは、好きな映画の話から監督まで、更には映画館はしごをすることが趣味だという翼の話を聞いていた。

 引っ越してから連続して翼と話す機会があったが、意気投合したのは初めてだ。サッカー漬けの毎日なのかと思いきや、息抜きに映画を観たり、友人たちと遊んだりとオフの日も充実しているらしい。さらっと恋人がいないことも明かしてくれた。ちなみに自分のことは聞かなくてもわかると思って、あえて言わない。そこは察してくれ、と思う。

 話が区切れたのは、翼のスマホに友人であるマサキ(漢字は聞いてないのでわからない)から連絡が来たときだった。気づけば陽が傾き始めていた。どうやら夢中で話していたようだ。たちはカフェを後にし、駅へと向かった。

 改札が目の前に見える。は家へ帰るが、彼は反対方面で待ち合わせているらしい。ここでお別れだ。

「あの」

「ん?」

「また、一緒に映画いいですか……?」

 日曜日の夜は、まだまだこれからとでもいうように大勢の人が行き交っている。そんな中、自分と翼だけが切り取られたみたいな感覚に陥る。数秒しか待っていないはずが、とても長く感じられた。

 彼がふっと笑った。

「いいよ」

「ありがとうございます!そ、それじゃあまたっ……」

 訳もわからず恥ずかしくなったは、翼の返事も聞かずにそのままホームへと駆けあがっていった。