気づいてほしくて輝いている(1)

 3月にナショナルトレセンが行われるという話を知り合いである西園寺玲から聞いたは、助っ人という名の雑用係を頼まれた。飛葉中のマネージャーが故のことだろうが、すでに部活は引退している身であり、ほんの数日前までは高校受験で大忙しで、無事合格が決まりちょうど一息ついていた時である。突然の話に驚きこそしたものの、断る理由のなかったは二つ返事で引き受けることにした。

 日本のユース育成の役割を果たす日本サッカー協会が行うナショナルトレーニングセンター制度、通称トレセン制度。将来日本の代表となる優秀な人材を発掘し、良い環境、良い指導を与えることを目的としている制度だ。その中でもナショナルトレセンは、9地域トレセンからさらに選抜されたメンバーである。つまり、より強い選手たちの集まりだった。

 今回はその選抜合宿に応援として呼ばれることになった。のいる飛葉からも数人が東京選抜に抜擢され、その合宿に参加予定だ。クラスが異なることもあって部活を引退してからすっかり会わなくなってしまったが、久々に顔を合わすことになる。そんな小さな楽しみを胸にいだきながら、当日までの日々を過ごした。

 そして、いざ合宿当日。東京選抜のバスとは別に合宿所である福島のJヴィレッジに到着したは、ジャージ姿の少年たちを目にして傍まで駆け寄った。

「なんでがいんだよ」

 彼女の姿を見つけ開口一番、飛葉のチームメイト・黒川柾輝が驚きながら言う。

「あれ、玲ちゃんから聞いてなかったの?私、この合宿の雑用係頼まれたんだよねー受験も終わって暇になったし、みんなにも会えるし、何より久しぶりにサッカーに触れられるってことで引き受けたの」

「そんなことだろうと思った。昨日、玲が電話してた相手ってだろ?」

 柾輝の隣にいる、男子にしては小柄でかわいらしい印象与える同じチームメイトの椎名翼が予想していたと言わんばかりの顔で聞いてきた。彼の親と玲の親がいとこ同士により、現在翼の家には玲も住んでいる。その辺の情報は筒抜けなのだろう。

「そ。何時に集合なのか聞いてなくてさ、その確認してた」

「まあせいぜい頑張ってくれよ、雑用係さん」

「なんかその言い方ムカつくなあ。翼たちこそさ、合宿の最後に地域対抗でトーナメントあるんでしょ。うかうかしてられないんじゃない?」

「ふん。望むところだっての。こっちだって、半年間遊んでたわけじゃないしね」

 自信があるのか、全国の強敵が集まる場に来ても彼は決して怖気づくことはないようだ。見た目で判断されがちな分、ずば抜けた運動能力でもって乗り切ってきたことを知っているがゆえに、選ばれてほしいと陰ながら応援している。気恥ずかしいので、口には出さないけれど。

 そんなふうにして翼たちと話していると、ほかの東京選抜メンバーや監督である玲が集まってきた。

ちゃん、ありがとう。詳細を説明したいから部屋までついてきてくれる?」


*


 ナショナルトレセンは年代ごとに行われる。たちが参加しているのはU-15だ。9つ(北海道・東北・関東・北信越・東海・関西・中国・四国・九州)の地域トレセンに加えて都選抜が推薦枠で呼ばれており、合同練習を行う。そのしめくくりとして、地域対抗のトーナメント戦がある。そして、各地域からより優れた選手を集めて作られるのがナショナルチームだった。彼らはこれから、この年代の頂点を目指して合宿に挑むのである。

 は玲と同室ということになっていた。荷物を下ろして一息ついたのも束の間、ベッドの上に書類を並べて4泊5日のスケジュールを事細かに説明した。地域ごちゃ混ぜになって練習するのは確かに良い刺激をもらえるに違いない。

 ふと、視線を玲の手元にある書類の束に向ける。

「それ、各地域のデータですか?……うわあ、なんか手ごわそうなのたくさんいますね。あ、この注目選手って、東北に関西に関東……うーんやっぱり地域選抜ともなるとさすがに一筋縄じゃいかないかなあ」

「そうね。けど、私たち東京もただ練習してきたわけじゃないのよ。このデータをもとに対各地域用にフォーメーションを組んだ練習をしてきたんだから。ただで帰るつもりはないわ」

「へえ〜……ってことは全部勝つつもりですか。さすが玲監督」

 不敵に笑ってみせた玲は、この世代に大きな希望を抱いているのが見て取れる。そしてそれはも同じ想いだった。飛葉のマネージャーになってみてわかったことだが、彼らは試合の中で成長していく。コートの一歩外で見るその光景は、同じ年代だというのにまるで別世界の人のように思えることがある。でもそれと同時に、ひどく期待をしている自分もいる。彼なら、彼らなら、夢を見させてくれるのではないかと。

 そういう意味で、翼は出会ったときから『世界』を目標に据えた人だった。ちっぽけな場所にとどまる人じゃないと思ってたけど、とうとうここまで来たのだと感慨深くなってしまう。まだ始まってもいないのに。

「私、翼には絶対日本代表になってほしいと思う」

 気づいたら、そう口にしていた。思わず出てきた言葉だろうに、それでも玲は笑わず真剣に「そうね」と受け止めてくれた。

 7時からガイダンスがあるということで集会所へ行くと、すでに各地域選抜がずらりと座っていた。その人数に圧倒されながらも、東京選抜のいる場所を探して翼の座る隣へ腰を下ろす。

「いよいよだね」

「トーナメント表はもう見たの?」

「うん。わかってると思うけど、こればかりは教えられないよ。って言っても、この後すぐ発表になるだろうけど」

「だろうね。まあどんなやつらが相手でも止めてやるけど」

「ねえ翼、」

「なに」

「頑張ってね」

 一瞬、目が見開かれる。けれどそれはすぐに好戦的な目へと変わった。

「誰に向かって言ってんの?当たり前だろ」

 こうしてナショナルトレセンの合宿が幕を開けた。