これが私たちの生き様です

 彼女がどうして頑なに関わらせてくれようとしなかったのか。蓋を開けてみれば意外と単純な理由で、けれども彼女にとっては一大事だったのだろう。知り合ってから日は浅いが、意地っ張りなところがあるのは一緒に過ごすようになってわかったことだ。なんだかんだと理由をつけて避けていた日々もあのときを境にめっきりなくなり、本当の意味で仲間と呼び合えるようになった。
 サッカー部のマネージャーを引き受けてくれる頃には、マサキたちともうまく折り合いがついたらしい。不良少女の名はいつしか消えていった。

 久しぶりに中学時代の仲間が全員集まって同じ机を囲んでいた。全員酒が飲める年齢になってから、何かと居酒屋で集まることが多くなったのは言うまでもない。飲める飲めないは別にしてもある程度のバカ騒ぎは許されるのがこうした個室だ(とはいえ、車で来てる奴らはもちろんノンアル)。日本へ帰ってくるたび、この空気に溶け込めることは幸せなことだと翼は思っている。数年前までこの光景を毎日のように見ていたのに、今では一年に一回あるかないかだ。だからこそふいに懐かしくなるのだろう。昔話をするのが好きな連中だ。

「まさかマネを断ってたわけが家庭の事情やったとはなーお前はいろいろ隠しすぎなんや」
「だからちゃんと話したでしょうが」
「それは翼がいたからだろ。そうじゃなきゃ俺らは壁を作ったままの友達だったってことじゃねぇか」

 直樹もマサキも、当時は驚いていたというより心配していた。隠されていたという事実に少なからずショックを受けたようだが、事情が事情だっただけに強く責めることはしなかった。友人だからこそ言えないというのは時々あったりするものである。
 と妹たちは、あれから二年間翼の家で過ごした。母親が精神的な病を抱えていることを、近所の精神福祉センターに相談した結果だ。一時的に入院という形なったので都内に親戚がいなかった彼女たちをどうするかという話になったとき、預かると名乗り出たのが翼の家だ。年齢は離れているがはとこの玲もいるし、何よりサッカー部の監督で知っている仲だからうまくやれると確信していた。
最初は遠慮していたたちだったが次第に打ち解けていった。と同時に、彼女の腕の目立つ痣も少しずつ薄れていった。

今でこそ笑って話している彼女だが、最初から愛想がいいとは言い難い印象だったために当時を思い出してふっと口元が緩む。
 女に執着するなんてそれこそ天と地がひっくり返ってもあり得ないことだと思ってたけど、人生ってわからない。

「翼には感謝してるよ。ああ言ってくれて本当に助かったって思ってる。私一人じゃどうにもできなかったから」
「そもそも最初から距離を取られたことが気に食わなかったからね。言い寄ってくるのは鬱陶しいけど、あからさまに避けられるのはムカつく」
「それはごめんって。でも翼のファンクラブってすごいんだよ?みんな知らないだろうけど、頭も良くて顔も良いオマケにスポーツ万能ときたらそりゃあ女子は放っておかないよ」
「確かに騒がれてたよなー羨ましいと思ったこともあったけど、あれはキツい」
「女子はすーぐ目ェ付けたりして誰々かっこいいとか言うてるしなあ」

 グラスを片手に話が尽きることなく進む。当時の行動を振り返ってああでもないこうでもないと論議するのは、意味のないことだと思うが、誰もが過去を振り返り懐かしむことをするはずだ。その時の苦い思い出も、こうして笑い飛ばせるようになったのなら通るべき道だったと思える。どうしたってあの時は気づけないんだろうけれど。


 帰りの車中はやけに静かだった。カーステレオもかかっていないし、助手席に座るはぼーっと景色を見ている。先ほどまで楽しそうに談笑していた姿とは一変して大人しい。

「急にしおらしくなってどうしたの」

 やはり、青春には『終わり』という時限装置がついているものだと思う。二度と戻れないし、あの日々をやり直すこともできない。だから大切に過ごしたいと思えるのだ。だが、それに気づいて過ごせるかは人それぞれであって、必ずしも全員が意識しているものではない。

「んーみんなと別れたら急に寂しくなっちゃって。前はもっとたくさん一緒にいられたのにね」
「そりゃあ同じところに通ってたからだろ。学校しかなかった昔とは違うに決まってるじゃん」
「うん……」

 どこ見ているのか。頬杖をつきながら相変わらず目線は窓の外だった。それに疲れたのか、声のトーンが低くか細い。
感情の浮き沈みが激しいとは思わないが、当時から自由奔放なところがあって周りを置き去りすることがよくあるのは確かだ。不良少女と呼ばれた頃から180度変わって真面目になった彼女は、時折こうしてひとり物思いにふける。また、感傷に浸っているのかもしれない。

「別に今生の別れってわけじゃないんだし、どこにそんな悩む要素あるんだよ」
「だって、翼ももう帰っちゃうじゃない。そしたら私また一人だよ」
「……」

 そうきたか。
一人が好きなくせに独りは苦手という彼女の「寂しがり屋のひとり好き」な性格は難儀だ。理解はするが、スペインで活動する翼がその孤独を埋めてやれることはできない。

「なら俺やめて傍にいてもらえる奴にする?」
「なっ、なにいって……っ」
「冗談に決まってるだろ。本気にするなバカ」
「あーなにそれ!!翼性格ひねくれてる」
「どっちが。お前の中学時代に比べたらマシだね」
「まだ根に持ってるの!?」

 にわかに彼女が振り向いて怒り出す。根に持っているわけではないのだが、まあそれは別に言う必要はないだろう。どちらかと言えば、翼が彼女と離れたくないと思っていることは秘密だ。
 静かな夜のハイウェイに、ジュークのエンジン音だけが響いていた。