身長差15㎝

 がその子を見たのは、転校してきた翌日だった。
 隣のクラスに転校生が来たことは知っていたが、時期が夏も真っ盛りの頃とあって、ちょうど大会前でいろいろと慌ただしくそうしたイベントに興味を向ける余裕があまりなかった。一つ上の先輩たちの最後の大会でもあって、かける想いが普段より大きかったせいもある。

 その日、朝練を終えたが職員室に鍵を戻して教室へ向かっている途中のこと。二年の教室がある二階の廊下が騒がしいことに気づいて何だろうと首を傾げた。が所属する二年二組であるもう一つ奥、一組のドアの前で女子の群れができている。
 ちょうどその輪の中に友人を見つけたので、興味本位で自分のクラスを通り過ぎ声をかけた。

「ちょっと、この騒ぎどうしたの」
「あ、〜おはよ。ほら、昨日転校してきた子が可愛いって話あったでしょ? 私も見に来たってわけ」

 ああ、なるほどそういうこと。合点がいったはそのまま踵を返すでもなく、なんとなく自分も見てみたくなって群れをかき分け教室にいるその子を探した。そう、なんとなくの気まぐれだった。
 "その子"の顔は知らなかったが、言われなくてもすぐにわかった。ひとりだけ浮くように可愛い子がいたからだ。なぜか、学年一の不良である井上・畑と喋っていることもあって、余計にその容姿が目立っている。
 しかしそこではあることに気づいた。その子が着ている制服が男物だということに。

「へっ!?」素っ頓狂な声をあげてしまい、慌てて口を押さえる。どうしたのかと友人が驚いているのも構わず穴が開くように凝視してしまったのは、その転校生が男だということに今初めて気づいたからだ。
 呆然としながら教室に戻って来たのは言うまでもない。男であの可愛さはちょっと狡くないだろうかと本気で思う。関わることは今後ないだろうが、納得のいかないモヤモヤとした気持ちをかかえて、はその日一日を過ごした。

 関わることはない。そう思っていた矢先に、それは突然訪れた。
 飛葉中の体育の授業は男女別だが、二組合同で行うことになっている。つまり二組であるは一組の女子と同じになるのだ。
 サッカーを終えて、今日からバスケットボールに入るらしく体育館に集合していたたちは準備体操をしていた。昔からスポーツが得意だったは、中でもバスケが得意で部活も女バスに所属している。体育の授業では必ずといっていいほど、レイアップなどシュートや技の見本をやらされるが、得意なものを披露できる機会はなかなかないので満更でもなかったりする。
 準備が終わるとペアになって簡単なパスの練習をしたり、シュートの練習をしたりといった過程に移った。このあと五チームにわかれて総当たりのミニゲームを行うことになっている。

ちゃんさすが! かっこいい!」
「次期女バス部主将なだけあって上手い〜」

 練習しながら女子がちやほやしてくれるのは気分がいい。一年の頃からすでに160センチあった背は、現在166と順調に伸びている。おまけにバスケをやるにあたって長髪は鬱陶しいという理由でショートカット。顔も女の子らしいというより中性的。そのせいか、女子からの支持率が高いは同性からモテる。バレンタインでなぜかクラスの男子よりもらったり、試合においても女子の声援が多い。
 それに気恥ずかしさを覚えながらも、好意的な視線を送られるのは嫌じゃなかったのだが。
 得意なバスケの授業で上機嫌だったは、しかし間仕切りネットを挟んだ隣で行われている男子の授業の光景に嫌気がさした。
 椎名翼。転校生の名前である。あの華奢な体つきでありながらスポーツが得意らしい。同じようにバスケをしていた男子はすでに試合が始まっていて、小柄ながらその反射神経の良さでゲームの中心にいた。その可愛らしい容姿にスポーツ万能とくれば、ギャップ萌えという女子のテンションを上げるには最高の要素といえた。
 苛々しながら男子の側を見ていたは、気にしないよう自分のほうに集中しようと努める。だが、集中しようと思えば思うほど気になるもので、ちらちらと視界に入ってくる転校生がの心に小さな蟠りを作っていった。


 そうして言いようのない感覚に惑わされながら過ごしていたある日、教科係の仕事で残っていたは急いで体育館に向かっていた。いつもなら歩いて向かうはずが、すでに部活が始まっている時間のため廊下を小走りで進む。
 それがよくなかった。角を曲がった瞬間、どんっと勢いよくまるで映画か何かのシチュエーションのように人とぶつかった。ただ、が軽くよろけただけなのに対して相手は結構な勢いで後ろに尻餅をついた。自分より小さかったということは女の子だったかと反省したのも束の間、相手の姿を認めて「げっ」思わずばつの悪い表情を作ってしまった。

「ごめん……」
「別に」

 努めて柔らかに謝ったつもりでいたが、相手もぶつかった人間がだとわかったせいかあまり良い顔をしなかった。たぶんお互いの印象はよくない。どうしてかというと――

「あれ? お前らここで何しとんねん。でこぼこコンビ」

 空気をまったく読んでいない間抜けな台詞とともに現れたのは元凶ともいえる人物、井上直樹だった。奴こそ、たちの印象を無闇に悪くさせた張本人である。
 なんてことはない。たまたま転校生と一緒にいた井上が、廊下ですれ違ったを見てこう言ったのである。
 "学年一デカい女子と学年一小柄な翼が並ぶとなんかおもろいんとちゃうか"
 どうして転校生を見るとモヤモヤするのかようやくわかった気がした。男でありながら、女の自分より可愛らしい見た目のくせにサッカーができるというそのポテンシャルに嫉妬していたのだ。僻みもいいところなのだが、自分の中で納得させるには、はまだ子供だったのである。

「直樹。それやめろって言っただろ」
「事実なんやし」
「本当だよ! チビとコンビにされたくないし」
「はあ? こっちだっていやだねウドの大木なんかと一緒にするな」

 捨て台詞のように吐いた転校生はそのままの横を通り過ぎていった。その様子をぽかんと見ていたは、しかし自分が言われた悪口にようやく気づいて憤慨する。悪いとも思っていなさそうな井上の顔が余計にムカついた。