子供扱いするな

 中学校の三月のイベントといえば卒業式だが、飛葉中には球技大会という名の白熱したスポーツイベントが存在する。三年は卒業前最後のイベントとして大いに羽を伸ばすのに対し、一、二年は運営やら準備やらで忙しい。特に二年は群を抜いている。
 というのも、現在はバスケの全試合スケジュールを組みながら、審判や得点など係の割り振りを考えているところであり、これが思いのほか面倒くさいのである。三年が引退している今、女バスの部員数は二年が二人と一年が四人の計六名。一年生には一応概要を説明してあるものの、必ずといっていいほどトラブルが生じる。もちろん、それにはきちんと理由がある。
 飛葉中の球技大会はサッカー、バレー、バスケの三種目から成り立っていて、うちバレーとバスケが男女別だ。当然のことながら、三種目の部活に所属する部員は問答無用で試合周りの雑務をやらされる上に、該当部員は必ず自分が所属する種目に出なければならないというルールもある。つまり、女バスであるはバスケの試合に出場しながら試合進行も同時に行わなければならないのだ。自分の試合以外は休憩ではなく仕事になるので大忙しであり、一年の仕事もチェックしながらとなればもう頭はパンク寸前である。
 昨年、経験した分うまく立ち回れるだろうが、このイベントを企画している生徒会に文句の一つでも言いたいところだ。

「あーもう! これどう頑張っても六人じゃ回せないでしょ。生徒会許すまじ!」

 放課後、教室に一人残っていたはバスケの試合表を作成している最中だった。誰もいないのをいいことに、長い足を机の前にだらしなく伸ばして天井を仰ぐ。詮無いことを呟いてどうしたものかと考えていると、廊下から誰かの足音が聞こえた。
 おもむろに音のするほうへ視線を向け、足音の正体を探る。すでに午後四時すぎで、この時間は部活が始まっているし、そうでない生徒は下校二組の教室を通り過ぎていこうとしたのは、がもっともライバル視している相手、椎名翼だった。相変わらず小さくてかわいらしい姿であるが、は知っている。彼が可愛い仮面を被ったただの悪魔だということを。
 向こうもこちらに気づいてあからさまに不機嫌になった。こっちだって同じ気持ちだし。

「そっちも球技大会の紙?」

 なぜか話しかけられて一瞬答えに詰まる。そのまま通り過ぎていくのかと思いきやわざわざ声をかけてきたのは意外だった。嫌われていると思ったし、も好意を抱いているわけではない。むしろ敵視して遠ざけていたので、それはあからさまではないにしても彼に伝わっているはずだ。
 教室の中に入ってきた椎名は机の上の紙をちらりと見てから、に向かってふんと鼻で笑った。そっちもという言葉は、自分も同じように残って運営表を作っていたことになる。

「随分苦労してるみたいだね。全然進んでないじゃん」

 どうやらそれだけを言うためにわざわざ二組まで来たらしい。顔面偏差値が高いくせに、性格はひねくれている。だからというわけではないが、も可愛げのない言葉ばかりが口をついて出る。

「なによ。そっちは終わったの?」
「まあね。生憎と頭の出来が違うから、すぐ終わったよ」

 言ってくれる。確かに椎名がここの前にいたという麻城中は都内屈指の進学校で、少し頭が良いというだけじゃ入学はできない。
 実際、彼が転校してきてからというものあの不良といわれた井上たちが真摯に部活に打ち込んでいる。それを束ねたのが椎名だというから、人の上に立つリーダーシップ性は認めざるを得ない。だが、素直にすごいと口にするのは癪だ。何かしら勝っているところがないとの自尊心は保てない。

「はいはいすごいですねーよくできましたねー」目の前にある椎名の頭を撫でる。だが、癇に障ったのか「舐めてんの?」という射殺せそうな目線を向けられて肩をすくめた。
「仕方ないでしょ。こっちは六人で15クラスの試合を回さなきゃいけないの、助っ人がたくさんいるサッカー部と一緒にしないで」
「あっそう。手伝ってやってもいいって思ったけどやめた」

 すげない態度で教室を出ていこうとする椎名の背中はやっぱり小さくて。エナメルのスポーツバッグが彼の体格に似つかわしくないほど大きく見えた。"でこぼこコンビ"なんて揶揄されるのは腹立たしいが、実際はよく例えたもので二人が並ぶとどこかの漫才コンビに見えなくもない。漫才なんてやったこともないけれど。
 しかし手伝ってやってもいいという上から目線の言葉に苛立ちを覚えたは椎名を呼び止めて言い放つ。

「そっちこそ、随分と上からものを言うのが得意みたいだけど……私に勝ってからにしなよ」

 言いつつ、立ち上がって身長を表すように頭の上でジェスチャーをする。

「なにそれ。身長が僕より高いからって勝ってるつもりか? 単細胞の考えることは心底理解できないね」
「なっ……! 言ってくれるじゃない、このおチビ!」
「これだからボキャブラリーの少ない人間は困るな。口を開けばチビチビって、付き合ってらんないね。まさかそれで自分が優位に立ってるとか思ってないよね?」
「うるさいなあ。ほっといてよ」

 引っ込みがつかなくなったは、球技大会の紙がくしゃくしゃになるのも構わず乱暴につかみ取ると椎名より先に教室を出た。
 むしゃくしゃする思いで体育館へ着いたは、言いようのない苛々とする気持ちを掻き消すように、その日の練習に打ち込んだ。