彼と友人A・B・C

 あれから翼は宣言通り、月曜と金曜のどちらかの閉店間際に来るようになった。ただし、毎週というわけではなく隔週で、しかも試合や合宿が入ったりするとさらに予定は未定になるという理由から、半ば強制的に連絡先を交換させられて「今日は行く」「試合があるから行けない」といった簡易的なやり取りをするまでになってしまった。
 別に嫌というわけではないのだが、どうも彼はパーソナルスペースが狭いというか人の懐に入るのが上手いのか、こちらが意図せずにいろいろ話してしまい、いつの間にか亡くなった伯母の話や好きな本の話とか、大学では経済を学んでいたとかどうでもいいことばかり知られて気まずい。
 だからのほうからも何か聞き出してやろうという勢いで根掘り葉掘り聞いたのに、彼は躊躇いもなく小さい頃からサッカーをやっていて、中学時代は選抜にも選ばれたことがあって、おまけにキャプテンの経験もあるし、スペインのチームに所属していたが、再び日本に戻ってJリーグに所属しつつ大学でコーチしているのだと話してくれた。初めて会ってからそれほど時間が経ってなければ会話もしてないのに、そんなぺらぺらとプライベートを話してしまっていいのだろうかと逆に心配になった。
 しかしそんなの不安をよそに、翼は平然と、かつ楽しそうにサッカーの話をするものだから途中からどうでもよくなって話に夢中になった。そう、彼は話すのがうまい。加えて遠慮のない言い方をするので、たびたび驚かされつつも裏表のない性格は潔くて清々しさを感じられる。
 こうして閉店後に彼との不思議な時間を過ごすようになってから三か月目に突入しようとしていた頃。日の入り時間も早まり、季節は冬に移り変わる一歩手前といったところだろうか。そろそろ秋用のコートから冬物に切り替えなければ。
 十一月の終わりの月曜日。はいつも通り"ビブリオ"へ出勤し、カフェの開店準備をしていた。すると、エプロンの右ポケットに入れているスマホが震えた。掃除していた手を止めてスマホを見てみれば翼からショートメッセージが来ていた。
 "今日は行ける。けど、人数増えるかも"
 ん? 人数が増える? どういう意味……と、は首を傾げながら返信を打つ。
 "来るのは構いませんが、人数が増えるというのはどういうことですか?"
 結構早い段階で返信したのだが、そのあと待っても彼から返信がなかったので仕方なく準備に戻ることにする。もしかしたら練習が始まってしまったのかもしれない、とも思ったが月曜日といえば大学は普通に授業があるはずなので朝から指導ということはないだろう。ということは、自身の所属するチームの練習なのか。
 ともかく、今日は来る日ということだけ把握しといて人数の件は後ほど確認することにしたは、カフェのオープンに向けて働き始めた。

*

 翼が友人を連れてやってきたのは、閉店後から十分過ぎたあたりだった。あのあと正午を過ぎた頃に翼から返事が来て、「友人を複数連れてくる」ということが判明したため、は急いで買い出しに行く羽目になったのだ。その分料金増しで払うからよろしく、と言われたものの問題はそこじゃないんだけど、というツッコミを入れながら近くのスーパーへ行ったのが数時間前である。
 急きょ、早めに店を閉じて翼の連れてくる「友人たち」の分の食材を買って戻ってきたらもう午後十時を回ろうとしていた。慌てるまま、が支度しているところに翼が三人の男性を連れてやってきた。

「ここですか翼さんのいうカフェって」
「なんやえらいお堅いとこやなあ」
「椎名、飲み屋に行くんじゃなかったのか?」

 翼のあとに続いて遠慮ない物言いをする三人は順に翼と同じくらいの人、関西人なのか口調が関西弁の派手な恰好の人、そして最後にクールな雰囲気の茶髪の人、と容姿だけでいえばスポーツマンっぽくないのだが、翼と同じようにジャージ姿なのですぐにサッカー関連者なのだと理解した。
 確かにカフェであることから、アルコールの類は一切置いていない。しいていえばデザートメニューの中に少量のアルコールを使うことがあるだけで、ドリンクとしてのアルコールはないのだ。
 翼は定位置であるカウンターではなく、奥のテーブル席に彼らを連れて座る。人数が多いからだろう、カウンターでも四人で座れないことはないが、端同士で会話するのは難しいので妥当な判断である。

「お前らは明日も朝から練習だろ。酒なんか飲んで起きられるのか?」

 座った翼が頬杖をついて嫌味を吐いた。口調から察するに気心知れた仲間なのだろう。チームメイトなのかと思ったが、”お前らは”という発言に自分が含まれていないことから翼は違うのかもしれない。
 カザは無理やな。と、答えたのは金髪関西弁の人。耳のピアスが印象を軽く見せているが人懐っこい感じが見て取れるので、話しやすそうではある。

「どういう意味ですかシゲさん。僕だってそのくらいの分別できますよ」
「んなことより早く注文しないと彼女が困るだろ。閉店後だっていうし」

 飲み屋じゃないのかと言っていた彼が、気を遣ってそんなことを言うものだから本来は礼儀正しい人なのかもしれないと認識を改めたは「気にしないでください。翼さんいつも適当に何か作ってくれって言うだけなので」と答えておいた。

「カフェだけど、こいつの腕は確かだから。藤村はとりあえず謝れ」
「おお怖っ。すまんて。本気やないで堪忍な」
「別にいいですって」

 金髪関西人がやっぱり軽い感じで謝るので苦笑いして答える。お堅いところというのは、一般的な飲み屋に比べたら当然と言えば当然だ。だから特別気にしたわけではないのだが、律儀にすまんと言うあたり根っこの部分はしっかりしている人なのだろうと勝手に解釈する。
 翼からとりあえず四人分何か頼むよと事前に言われていたので、一礼してカウンターに戻ったは調理を始めた。急いでスーパーに行ったのも夕飯の時間を過ぎていたから食材は手頃なものしか買えなかったし、およそカフェには似合わない料理だが、それでも彼らの言う”飲み屋”に出されるものには近いはずだ。
 二十分ほど時間をもらって、彼らの前に持っていったのは手軽な焼きそばである。カフェのメニューにはないし、当然考えていたメニューでもない。とっさに思いついたものであり、たまたまキャベツとニンジンが安かったからという庶民的な理由だ。主食としてもいけるし、野菜もとれる万能ご飯。デザートには作り置きしておいたアップルパイを用意した。

「わあ美味しそう」
「だろ? ウマいから食ってみな」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、なんで翼さんが偉そうなんですか」
「新しい顧客を連れて来たんだ感謝してよ。こいつらに教えるのは癪だったけど」

 鼻高々に言ってのけた翼は相変わらず自信たっぷりで嫌味っぽい。でもなぜか憎めず、この人の個性なのだと三か月目にして理解した。遠慮ない言い方というのは人を傷つけることもあるが、彼の場合的確に物事を捉えて事実を口にしているだけなので変な探り合いをして気を遣う必要がない。
 人は誰しも図星をつかれると辟易するし、見ないふりをしたくなる。でも翼の前ではそれが許されないというか、自身の非を認めるしかないような状況にされるというか。それもやっぱり彼の個性なんだろうな。仲良くなれたらとことん仲良くなれるだろうが、人によってはキツいと思われても仕方ない。
 最初こそどう距離を取ればいいのかわからなかったも、少しずつ話すようになって彼の裏表ないところに好感を持ち、最近では軽口を返せるようになった。

「癪って言っても別に隠れ家でも何でもない普通のカフェですよ」
「あーちゃうちゃう。たぶんあんたを俺らに紹介するんが……ったあー何すんねん!」
「余計なこと言う暇あったら早く食え」

 翼の拳骨が関西弁の彼の脳天に直撃し、ごつんと豪快な音とともに彼が頭を擦って痛がる素振りを見せる。結局何のことかさっぱりわからず、けれど和気あいあいとした雰囲気のまま少し遅い彼らの夕飯が始まった。
 しばらく立ったまま彼らの様子を眺めていると、気づいた翼がに座るよう促してきたので一緒に加わる。そのあと自己紹介したり、翼との関係を聞いたりと、いつもより長い時間喋っていて気づけば日付を越える直前になっていた。
 こうしては翼の友人である風祭将、藤村成樹、水野竜也と知り合ったのだった。