奇跡のエフェメラ


 またか、とサボはため息をつき、人差し指でトントンと机を叩いた。これでもう三回目だ。一体どういうつもりなのだろう。考えても答えは一向に出ない。一応メモは残しているものの、果たして意味のある行為なのかはわからなかった。
 午後の執務室。部下達はちょうど出払っていていなかったが、サボは独り電伝虫の向こうから聞こえるメッセージに耳を澄ませていた。声は一切ない、ただひたすら何かを叩く音だけが届く謎のメッセージを。
 タンタンターン。ターンタンターンターン。ターン。ターンタンターンターン――
 短い音と長い音。二種類の音が織り交ざり、一定間隔でこちらに届くようになったのは一週間前からだった。初めて受信したとき、向こうから応答が何もないのでイタズラかと思って切ろうとしたが、そのすぐあと今のように何かを叩く音が聞こえたのである。当然サボは「どういうつもりだ」と相手に問いかけて真意を探ろうとした。仲間であれば無言ということはないし、仮にそれ以外の人間だったとしても一言もないのは不可解だ。しかし、相手は一方的にメッセージを残したあと切ってしまった。
 それから三日前に二回目の通信。そしてたった今、三回目のメッセージを受信した。文章の区切れは一回。つまり、二つの単語が送られてきたわけだが、机の上のメモを見てもまったく意味がわからない。サボは眉をひそめて考え込む。
「一体何なんだ」
 自身がメモした日付とともに並んだ音の羅列は、最初こそ暗号だと仲間内で話題になって夜通し解読したが、誰一人として意味のある文章にすることができなかった。やがてコアラもハックも、部下達でさえただのイタズラだろうと片づけて、もう今は誰もメッセージのことなど気にかけていない。こんなふうに頭を悩ませているのは自分だけだ。

***

 サボは天井を仰いで、三か月前のことを思い出していた。自身の背よりも大きい竜を手なずける郵便屋の少女のことを。
 ドラゴンテイマーと呼ばれる彼女は世界でも数が少なく、その資格を取得できる人間は限られるゆえに希少価値が高い。通信だけで言えば電伝虫のほうがはるかに情報を早く伝えられる利点はあるが、その分リスクがある。仲間以外に聞かれては困る情報が漏洩することもあるからだ。そういう場合に利用するのが、所属先のない郵便屋"ドラゴンテイマー"である。
 革命軍はたびたび彼女を介して仲間と任務上のやり取りをしていたが、とある任務でCP0と間接的に関わり、やむを得ず彼女との関係を解消することになった。自分へ宛てた手紙を渡しに来た彼女の泣いていた顔を思い出してギリッと歯を噛む。
 もっと早く、無理やりにでも捕まえておくべきだった。世界政府との繋がりも持つ彼女が、革命軍と懇意にしていると分かればつけ入る隙があると思われても仕方がない。あんな顔をさせたいわけじゃなかったのに――結局、サボは彼女と別れる道を選んだ。いや、それしか用意されていなかった。あのときは離れることが互いにとって最良だと判断した結果だ。仕方なかった。
 せめて彼女がもう二度とこちらと関わりたくないと思っているのなら、この気持ちも時間とともに消えてなくなるというのに。むしろそのほうが革命軍に所属する自分にとっては好都合。あの手紙さえなければ――




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