望め輝け青春よ


四月 Ace

 どうにも春という季節は眠くなる。そういえば、どっかの詩人が春の夜は心地が良いから朝が来たことに気づかず寝過ごしちまう――みたいなことを言っていた気がする。そのときは聞き流したが、なるほど、まさにそんなふうに例えるにふさわしい季節だ。
 エースはあくびを噛み殺して、前に立つ委員長の話を右から横に聞き流していた。この時期必ずある委員会決めというやつで、クラス委員から順に立候補を募っているがいまいち進みが遅い。面倒な委員会には入りたくないって奴がほとんどだからだ。高校生活も二年目になると、要らぬ知恵が働く。
 無事に進級し、高校二年になった年の四月。とりあえず平和な日々を送っていたエースは襲ってくる眠気に勝てず、結局数分と経たないうちに机に突っ伏して意識を手放した。


「おいエース。いつまで寝てんだ、委員会の時間だぞ」
 聞き慣れた声が鼓膜をくすぐった直後、頭を小突かれた感じがして気だるい上半身を起こした。ぼんやりする思考で、そういえば学活の途中で寝てしまったことを思いだす。ようやく終わったのかと、今度は盛大にあくびをしてから、「ん?」先ほどの発言に首をかしげた。委員会の時間だと?
 同居人であり、兄弟であり、そして親友のような感覚のサボがニヤニヤ笑いながら黒板を指さしている。嫌な予感がして指先をたどると、美化・栽培委員と書かれていた。だが問題はその下だ。
 ――ポートガス・D・エース。
「フザけんなっ……!」
 エースは机を叩いて、ひとり大声で叫んだ。



 なんでおれが栽培委員なんつー七面倒な委員会をやらなきゃいけねェんだ。
 エースは廊下を歩きながら舌打ちした。あまりにも苛々していたせいで、周囲がぎょっとして自分から離れていく。寝ていた自分が百パーセント悪いくせに、勝手に決めたクラス委員長に腹を立てつつ、仕方なしに該当する教室へ向かっているところだが、半年も花とともに過ごすのかと思うと鳥肌が立ちそうである。自分という人間に似合わなすぎて、各方面で笑われそうだと今から憂鬱な気分になった。
 3年C組。美化・栽培委員会の活動場所に到着したエースはとりあえず空いている四列目の真ん中あたりを選び、スポーツバッグを乱暴に床に置いて腰を下ろした。
「あれ、エースじゃん。なに、もしかして無理やり美化・栽培委員に任命されたの?」
 隣の席から揶揄いの言葉を投げかけられ、思わずむっとして声のするほうに顔を向けた。そこに座っていたのは知り合い――どころか幼なじみの女子が、さっき教室で別れた親友と同じ、揶揄いの笑みを浮かべてこっちを見ていた。担当教員であるはずのC組の担任はなぜかここにいなくて、あちこちで雑談する周りに合わせてエースも口を開く。
「うるせェ。お前こそ、花とは無縁の女だろ」
 無理やりと言えば無理やりだったが自分のせいでもあるので素直に説明する気にはなれず、苦しまぎれに言い返すことでやり過ごす。
「無縁に見えて実は詳しいんですー。ロビンにいろいろ教わったら意外とハマっちゃって、今年はきちんと立候補して委員になったんだよ」
「へェ……」
 特別興味のない返事をしてから、そういえば一年のときにそんな仕事をやっていた気がすると今さらながらぼんやり記憶がよみがえる。
 昨年はサボとともに三人で同じクラスだったので話す機会も多かったが、離れた途端に接点がなくなったのは言うまでもない。幼なじみとはいえ所詮男と女だ。家が近所ってだけで、ほとんど会うこともなく時間が過ぎていくのが普通というものだろう。たまに登校時間がかぶることもあるが、いつも一緒というわけではない。
 それでも、会えば会話が弾むのが幼なじみだ。そこらへんの女子より圧倒的に話がしやすく、気が置けないという意味で彼女は自分にとって大きな存在だった。


***

六月 Sabo

 来週に迫ったスポーツ大会の最後の係会が終わる頃には、もう午後の五時を過ぎていた。とっくに部活の開始時間を過ぎているため、エースがぶつくさ文句を言いながら体育館に向かうのを見送って、サボは昇降口に向かう。学校行事が間近だというのに、バスケの練習試合が週末に控えているらしく、エースは連日忙しそうで、弟のルフィも最近友人と夕飯(というより間食)を食べてくる機会が増えて兄としては少し寂しいが、中学の連中と仲良くやれているなら嬉しい限りだ。
 下校時刻を過ぎていることもあって、登校時には大量にあった傘が数本残っている程度になっている。頭の中で夕飯のことを考えながらローファーに履き替えたとき、ふと空模様が視界に入る。雨が降っていた。
 やっぱり降ってきたか……。
 今朝の天気予報では、午後の降水確率は六十パーセント。係会が始まったとき、すでに雲行きが怪しかったので降るのは予想できたものの、まさか下校時間とかぶるとは。予報では夜の六時だった気がするが、まあそれは誤差の範囲内だ。こういうときのためにビニール傘を持ってきてあるので、無駄にならなくて済んだと思えばいい。
 サボは傘置き場に手を伸ばした――が。
「……ないな」
 呟いてから、どうやら誰かに持っていかれたらしいことに思い至ってため息をつく。模様も何もない白いビニール傘は確かに誰のものかわからないが、そのために柄にマジックでバツ印を書いておいたというのに。あまり意味のない行為だったようだ。
 サボはいつもエースとともに自転車登校をしているが、雨の予報が出ている場合は電車で通学している。駅までは十五分ほど、走ればなんとかなるかもしれない。濡れるのを覚悟して外に繰り出そうとした自分を、「あれ? もしかしてサボ?」しかし引きとめる声が聞こえて振り返った。
「アカリ……」
「こんな時間まで珍しいね。あ、そっか。スポーツ大会の係会か。ていうか、傘ないんだったら入ってく?」
 ひとりで勝手に会話を完結させ、捲し立てるように相合傘を提案してきたアカリの心中を推し量る。
 何も考えていないというと語弊があるが、彼女にとって相合傘はきっと特別な意味などない。傘がなくて困っている幼なじみを助けてあげるという親切心からくる感情に過ぎないのだろう。不思議そうな顔で「入らないの?」とでも言いたげに首をかしげる姿が憎らしいのに可愛いと思ってしまうから、ほとほと自分が彼女に弱いのだと思い知らされる。
 せめてもの抵抗として「おれが傘を持つよ」とイイ男をアピールしたところで、アカリは純粋な優しさとしか受け取らないから困ったものである。そこに含まれる下心など知る由もない。
 こうして昇降口を出る頃には雨の勢いも増して、彼女の折り畳み傘では自分の左肩が明らかに濡れてしまうのは否めなかった。それでも入れてもらっている分、彼女が濡れないように努めるべきだし、惚れている女に風邪を引かせるわけにもいかない。
 サボは自分が濡れるのも構わず、彼女のほうに傘を傾けながら駅までの道をゆっくり歩く。いつも以上に彼女との距離が近くて、うるさく鳴る心臓に気づかないフリをしながら。




続きは新刊でお楽しみください。