優しくない世界で二人きり
「まって、サボっ……」
「待たねェ。おれはもうあの時と違ってガキじゃない」
掴んでいる左手が自然と力んで、彼女が眉をひそめた。本能で行動することなんてほとんどない自分が、今は理性をどこかに置き忘れたように衝動的になっている。
かすかに軽快な音楽が聞こえるのがわかる。ほんの数分前まで自分がいた酒場で、独特の民族楽器を使った演奏が人気の場所。やかましすぎない程度に店内を盛り上げて、日々の疲れを癒すがごとく海賊たちが酒をあおる。踊り子も店を繁盛させる要素の一つであり、下卑た男たちに晒されながら懸命に仕事をしていた。
どうしてこんなところで会ってしまったのだろう。任務で来ただけの島で、たまたま立ち寄った酒場に彼女がいるなんて誰が予想できただろう。
サボの人生で心残りがあるとしたら、エースの件と彼女のことだった。彼のことは取り返そうにももうできないが、彼女に関しては話が違ってくる。幼い頃に別れた以降、結局お互い何をしているかわからないままだった。探しようにも探せなかった。サボが記憶を取り戻したときには彼女はもうゴア王国にいなかったし、雇い主である貴族も行方不明で八方塞がり。ただ、もしかしたら国を出て自由な生活を送っているのかもしれない、そんな希望的観測でもってサボは安心しようとした。
それがどうしてあんな場所で、海賊たちの相手なんかしてるんだ。
見つけたときは人違いかと思ったが、彼女が首から下げていた"約束の証"を目にしてしまえばどうしたってサボは衝動を抑えられなかった。
「ガキじゃねェからお前をさらってくこともできる。今の雇い主は誰だ?」
「だ、だめ! 言ったでしょう、そんなことしたら家族が養えないって」
「じゃあ家族は今どうしてるんだよ。一緒に暮らしてるのか?」
「……っ」
もし恋に落ちる瞬間というものが存在するのだとしたら、間違いなく彼女と初めて言葉を交わしたあの時だろう。幼かったせいで救えなかった彼女を、今度こそこの手で連れ出すと。今を逃したらもう二度と会えない気がしてどうにも焦ってしまう。
――ああ、見るに堪えない。誰だよ、こいつに痕をつけた奴。大体こんな面積が少ない衣装を選びやがって。
次から次へと溢れ出る不満は勢いを増していく。
「悪いけど、あの瞬間からお前の全部はおれのものだって思ってるんだ」
「あっ……」
薄っぺらい踊り子の衣装からのぞく白い肌。鎖骨から胸元にかけてその綺麗なラインを指でなぞっていけば、沸々と情動が神経回路を伝達して今にも壊してしまいたい衝動に駆られる。
でも。まずは。彼女の問題を解決しなければ。
ようやく我に返ったサボはずっと握っていた彼女の手の力を緩めて軽く握りなおすと、ゆっくり話せる場所へ移動しようと提案した。無言で頷くのを確認して、そっと自分の上着をかけてやる。
濃いブルーグレーの空に星が瞬いている。夜はこれから深くなっていく。
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続きは新刊でお楽しみください。