となりあわせのふしあわせ
○○が任務で負傷したという知らせを聞いたのは執務室で仕事をしている最中のことだった。いつもはサボと同じチームにいる彼女が、今回ばかりは自分の手を離れて別のチームのサポート役としてとある島へ同行していた。しかし一週間前、任務完了の報告を聞くとともに負傷者が出たという報せを受けたサボは、その中に彼女が含まれていることを知って、一瞬思考が停止した。
当たり前だが、革命軍に所属している以上まったくの怪我なしというわけにはいかない。自分も少なからず任務で負傷することはままある。参謀という役職に就き、潜入調査をすることが多い自分は目的のために前線に立って、危ない目にあうのは仕方ないことだ。
だが、○○の名前を出されるとサボは目に見えて動揺を隠せなくなる。
"腕と足に銃弾を受けていますが、医者の話では数週間で動けるようになると。ただ――"
電伝虫越しに部下の報告を聞きながら、このときのサボはどこかうわの空で、まるで他人事のように「そうか」と受け流すだけにとどまった。受話器を置いたあと、手の汗の量に驚いて拭えない焦燥感にひどい眩暈を覚えた。
こうして落ち着かない一週間を過ごしたサボは、バルティゴに帰還した仲間への労いもそこそこにすぐ医務室へ運ばれた○○のところへ向かった。
「○○っ……」
怪我人が眠っているということを忘れ、勢いのまま扉を開けたせいで医者から睨まれた。軽い謝罪をしてから呼吸を整えつつ、複数のベッドのうち手前に横たわる彼女の姿を見つけて歩み寄る。
顔色は良好。脈は……正常か? 腕の包帯が痛々しく、足も撃たれたというが今はベッドの掛け布団に隠れていて見えない。そして一番に気にすべき箇所が――
「バカ。顔に傷を作ってどうすんだよ……」
聴こえないと知りながら悪態をついて、○○の右のこめかみ近くに触れた。
部下から彼女が顔に傷を負ったと聞いたときは何の冗談かと思った。市民を庇って受けた傷だというから責めるに責められない。サボはぎりっと歯噛みして拳を握る。誰に怒りを向けたらいいのだろう。彼女は何も悪くない。一般人を助けたのだからむしろ誇るべきだ。しかし、サボの腹の底には行き場のない鬱憤が蓄積していき、また一つ悩ませる種を増やした。
重いため息をこぼしてから、ひとまず近くの椅子に腰かけて任務に同行した医者から詳しい状況や容態を聞く。
○○たちが向かったのは××王国の内紛を鎮圧する任務だ。不当な政治のせいで苦しむ国民を助けるために立ち上がった一般市民の組織が大きくなり、次第に反乱軍として国内でクーデターを起こすまでに至る。もちろん政府側がそれを看過するわけもなく、たちまち国は内戦状態に陥るが、ここで重要なのはまったく無関係の国が裏で手を回して政府側に加担していることだった。どういった契約を結んだのか、政府側は多くの兵器を投入し、そのせいで多くの犠牲者が出たあげく、壊滅させられた町もある。
そこで動いたのが革命軍だ。加担する国の侵入を阻止すること、政府側の攻撃を食い止め一般市民の避難経路を確保すること、そして武器の回収と戦闘員の解放、最終的には双方の武力衝突を収束させること。これらすべてを任されたのがベティ率いる東軍だったが、彼女の昔のよしみで○○もまた戦闘員として収集されることになった。
実際××に入国したときの現状を、医者は酷い有様だと語った。
荒れ果てた町並み、武器を持った子ども、背中に幼子を抱えて逃げる母親。戦火の広がる国というのはそれこそ何度も見てきた光景だが、何回見たとて慣れるものではない。サボは、医者の話に時おり相槌を打ちながら続きを促す。
○○が担ったのは一般市民の避難誘導だったという。戦火に見舞われた町から安全な場所へ逃れるための経路を確保したあと、パニックに陥っている人々に声をかけて鼓舞する。今まで平和に暮らしていた場所を唐突に奪われるのだから、当然混乱しただろう。取り乱す人間もいたかもしれない。そうした状況の中、銃弾が運悪く避難中の群衆に向かい、真っ先に気づいた彼女が持ち前の反射神経で防いだらしい。自らが犠牲となって。
助けた一般人は小さな子を抱えた母親だったそうだ。涙ながらに礼を言われて、必死に笑みを作った○○は「大丈夫」と答えたというからやっぱりバカだ。それと同時に、同じ革命軍に所属する者として彼女を誇りに思う。
「バカ……」
同じ悪態を口にしてから額にこつんと優しく拳を当てて、眠る○○の顔を見つめる。こっちの気も知らずに気持ち良さそうに寝ている姿が憎らしくて、けれど何より無事だったことに感謝した。
そのあと医者は、顔の傷についても説明をしてくれた。政府側と反政府勢力の火の粉が避難場所に及び臨戦した結果、政府側の戦闘員から負わされたそうだ。彼曰く、かすり傷だから薬を塗っていればいずれ治るし、痕もほとんど残らないらしい。その言葉に胸を撫でおろして、サボは面倒を見てくれた医者に礼を一言添えると医務室を後にした。
▽
執務室の張りつめた空気を、コアラは肌で感じていた。凍てつくような瞳がひとりの女性兵士に向けられ、その震えるほど冷たい視線をどんな思いで受け止めているのか計り知れない。ただ一つだけ言えるのは、彼女は困惑しているということだ。それもそうだろう。いきなり謹慎などと言われて納得できるわけがない。
「私は確かに怪我を負いましたけど、これは別に不注意だったわけではありません」
戸惑っていたのも一瞬、すぐに反抗的な口調で○○は言い返した。最近――いや、あの時を境に彼女は上司に対して時々こういうふうに突っかかる。不当な理由で除け者にされているとわかるのだろう、少し怪我をしただけで謹慎しなければならない組織など聞いたことない。
椅子に腰かけている自分の上司でもあり、○○の上司でもある男、参謀総長サボは、指を組んで険しい表情を作っていた。事情を理解しているコアラからすると、努めて怒っている演技をしているのだが、きっと彼女には伝わっていない。理不尽なことを言う意地の悪い上司にしか映っていないはずだ。
この決断を彼女が来る少し前に聞かされたコアラは、当たり前に難色を示した。いくらなんでも行き過ぎだと。もちろん怪我せず任務を終えることに越したことはないが、革命軍という組織に所属している以上無傷でいられることのほうが少ない。特に前線に立つなら大なり小なり怪我することはある。それをサボは、怪我を負ったからしばらく謹慎と称して療養させるというのだ。そんな理由で彼女が納得すると思っているほうがどうかしている。
「お前がどう反論しようが結論は変わらない。しばらく謹慎だ」
「……ッ、だから納得できないって言ってるじゃないですか……!」
「聞き分けが悪ィな。ならこう言えばわかるか? 怪我人は足手まといだ」
ただでさえ冷え切った空気が一層冷えていくのを感じ取った。○○は信じられないものを見るような目でサボを凝視する。驚愕とも言えるし、落胆とも言える。どっちにしろ今の言葉で完全に○○の心は折れただろう。
「……総長の方針はわかりました。使えない人間は部屋で大人しくしてろってことですね!」
両手を勢いよく机に叩きつけた○○は、皮肉を言ってから踵を返すと乱暴に扉を開けて執務室を出ていく。コアラが呼び止める間もなく、彼女は嵐のように去ってしまった。しんと静まり返った部屋でわざと長い息を吐いて、コアラは何事もなかったように仕事を再開する上司の横顔を見やる。平然とした顔をしているが、内心は言い過ぎたと焦っている。
何が「足手まとい」だ。そんなこと微塵も思ってないくせによく言えたものだと、ある意味感心する。そして、そういう言葉でしか彼女を遠ざけることができない彼の不器用さにもほとほと苦々しさを覚えてしまう。大切だから傷ついてほしくないと言えばいいのに、どういうわけか彼は自ら嫌われにいっているような気がして、コアラは胸を痛めた。
「なんだよ。長ェため息吐いて」
報告書から顔を上げたサボが意図してこぼしたため息に反応を示した。そうした神経をもう少し○○に対しても発揮してほしいものである。
「別に。もう少し優しい言い方をすればいいのにって思っただけ」
「それじゃあ意味ねェだろ。あいつを言い聞かせるには厳しく言う必要がある」
「でも……あんな言い方じゃますます誤解を招くよ」
コアラが力なく言うとそうかもなと乾いた笑みで返してから、○○が出ていった扉を寂しそうに見つめた。憂いを帯びた物悲しい目だった。
そんな目で見つめるくらいなら、いっそのこと本音をさらけ出してしまえばいいのに。
以前、コアラは彼に問いかけたことがある。「本人に本当のことを伝えたらどうなのか」と。しかし、彼は悲しそうに笑ってから「こんな気持ち重いだけだろ」とこぼした。自覚をしているだけに、行き場のない想いをこんな形でしか表現できないから厄介だ。
コアラはやるせない気持ちを吐き出すように、もう一度深い息をこぼして自分も執務室をあとにした。