第一印象、それだけなら完璧

 恋愛において大事なのは「見た目」だ。
 それさえ良くしておけば、大体の男は落ちてくれる。の信条であり、揺るがない事実。なんだかんだ言っても男は可愛い女を放っておかないものである。幸いなことに、昔から「見た目」が良かったは恋愛において失敗というものをしたことがなかった。好きになった人は自分を好きになってくれたし、向こうから告白してくれたことも数知れず。そうやって、学生時代はうまく恋愛してきたのだ。

 社会人になったこの年、中小のIT企業に就職したは三か月の研修を終えてシステム事業部の二課に配属された。理系ではあったものの、ウェブやネットのことは一般的なことしか知らなかったので不安もあったが、研修である程度の知識を身につけたり、密かに自分でも勉強したことでまったく自信がないわけではなかった。何より、これから本格的な仕事に携われることに胸を躍らせていた。
 配属先の二課は、主に新規の顧客から開発を請け負っているという話を事前に聞いている。部長のドラゴンに案内されて、二課の人たちがいるエリアに移動したが、あいにくと課長は客先にいるようで戻りは夕方なのだそうだ。そのまま自己紹介をしたあと、の直接的な指導――いわゆるOJTを担う先輩社員のコアラの隣の席に座る。優しくて頼りがいがありそう。ちなみに、この課に女性はと先輩のみ。随分と少ない気がするが、ほかの課も似たり寄ったりのようだからあまり気にしないことにする。それに、女が多いといざこざもありそうだし。
 コアラからこれからの仕事内容やそのほか先輩たちの名前など教えてもらう。現在外にいるという課長のサボ、五つ上のハック。余談で、隣の課にはオネェのイワンコフ、性の区別がわからないイナズマなど……とにかく個性豊かなメンバーがそろっていることも聞いた。

 が担当することになったのは、とある食品会社の社内システム構築に関する案件だった。コアラから仕様書を読んでおいてほしいとのことで、配属一日目はひとまずいろいろなファイルを読みあさる作業だ。
 システム全体の仕様書から画面ごとの細かい仕様書までいくつものエクセルファイルがフォルダに並んでいる。一つずつ開いて確認しながら、このあと行うであろう作業を想像してみる。ウェブページは学生時代に少しかじった程度であるが、プログラム作成はまったくの素人だ。まあ最初から難しいことを新人に要求してこないとは思うが。

 集中しすぎたせいか、すでに午後四時を回っていた。同じ姿勢で机にかじりついていたせいで、肩が凝っている。休憩がてら、お手洗いに行こうと席を立った。
 社内はセキュリティの関係で、手洗いや喫煙ルームに行く場合は社員証をかざしてドアのロックを解除する必要がある。もちろん入る場合も同様。面倒に思うかもしれないが、個人情報を扱う仕事が多い上、社外秘データもあるので企業としては一般的な入退室方法だ。
 ピッという電子音のあと、ドアを開けて廊下へ出る。右に進めばエレベーターホールであり、左に進めば自販機を含めた休憩スペースと手洗いが存在する。腕を伸ばしながら左に進み、角を曲がったそのとき――
 どんっ。
 何かにぶつかり、その衝撃と驚いた拍子で後ろによろけそうになったが、
「おっと」すかさず手首を引き寄せてくれたおかげで尻餅をつかずに済んだ。声からして、どうやらぶつかったのは男性だったらしい。額あたりを押さえながらぶつかった相手を見る。

「あれ、見たことねェ顔だな。新人か?」

 入社式で一度全員に顔をさらしているはずだが、覚えていなくても無理はない。何せ今年の新人は確か五十人ほど。人事部や上役の人間ならまだしも、現場側が一度見ただけで全員の顔を覚えているというのはなかなか難しい。
 しかしの思考回路は目の前の男を視界に入れてからストップしていた。視線は彼に釘付けなったまま、問いに答えることなくぼうっとする。その様子を怪訝に思った彼は「おーい」と目の前で手を振る。はっとして、すみませんと謝った。

「私、二課に配属されたといいます」
「二課? おれのところだな。よかった、今日からだってのに客先だったからなァ。おれは課長のサボ」
「えっ!」

 想像していた課長と違う! こんなイケメンなんて聞いてない。誰に文句を言うでもなく、の胸の内はざわめいていた。まさか、配属して早々こんなかっこいい課長に出会えるなんて。しかも同じ課なんて。誰が予想できただろう。
 内なる興奮を抑え、努めて落ち着いた表情を作ったは改めて挨拶をする。最高の笑顔で。

「これからご指導のほどよろしくお願いします。では、私は御手洗いに行くので」
「おう、よろしく。とりあえず歓迎会セッティングするかな」

 金曜の予定はどうだったかなァ。そう言いながら、社内のほうへ向かっていくサボの背中を見送った。はしばらく呆けていたが、自分の用事を思い出して慌てて手洗い場に向かった。
 これが、後々の思い通りにいかない初めての男・サボとの出会いである。