いつかの可愛い女の子
二課に新人が来る話は事前に部長から聞いていた。今年は五十人強と豊富な人材が入社したらしいから、楽しみでもある。
誰が来るのか、そのあたりの人事に関することは課長であるサボでも選ぶ権利はないが、希望くらいは出しても問題ない。部下であるコアラからは「女の子がいい」という要望があったし、サボもこのむさくるしい二課に女がコアラだけというのも可哀相なので性別だけ上司に希望を出してみた。
その甲斐があってかどうかはわからないが、新人が配属される一週間前に希望が通ったことを知らされた。名前は。しかし顔はわからず、会ってからのお楽しみ。サボを含めた全員がその日を心待ちにしていた。
結果的にその日は客先で打合せが入ってしまい、タイミングよく帰社すれば会えるかどうかってぐらいだった。新規案件で、顧客も今回初めて受注したところなので打合せは念入りだ。最初の設計段階で間違うと、後々が大変だっていうのは新人の頃痛感したことである。
どちらもクールビズを推奨している会社なので、サボは五月の中旬からネクタイをはずしている。七月に入ってからはさらに暑くなって、なんならワイシャツも結構きつい。最近はもっとカジュアルな服装での出社を認めているところもあるらしいが、サボの勤務している会社はそこまで砕けていない。最初の打合せこそジャケットを着ていたものの、今は専らノーネクタイノージャケットだ。
危惧していたことは、しかし予定より三十分早く客先を出ることができたおかげで帰社する時間も早まった。コンビニで缶コーヒーと残業前の腹ごしらえを買ってオフィスビルへ戻り自社のフロアがある十二階で降りる。
と、その前に一服しようと喫煙ルームに向かった。煙草に火をつけつつ社内携帯をチェックしながら、残っている仕事を頭の中に描く。月初は部下たちの勤怠の承認だ。これが意外と面倒だったりするのだが、昨年の冬に新しいシステムになってからだいぶ楽になった。
さっさと終わらせて早く帰ろうと意気込んで喫煙ルームを出て角を曲がったとき、胸のあたりに何かがぶつかった衝撃で一瞬えずく。が、相手が後ろに倒れそうになったの見て慌てて手首を掴んで引き寄せた。女だった。
「あれ、見たことねェ顔だな。新人か?」
今日から配属になるので楽しみにしていたところだ。打合せも早く終わって予定より早めの帰社になったため、定時前で新人たちもまだいるはずである。そのうちの一人だと思って尋ねたのだが、ぼうっとこっちを見て返答がない。呆けているみたいな顔をしているから、ぶつかった拍子におかしくなっちまったのかとあるはずもないことを考えて「おーい」と彼女の前で手を振った。
その声でやっと我に返った彼女は頭を下げて謝ると、予想通り今日から配属された新入社員のだと名乗った。二課の子だ。
「おれのところだな。よかった、今日からだってのに客先だったからなァ。おれは課長のサボ」
「えっ!」
なぜかは大げさに驚いてあたふたし始めた。訳がわからない。
だが、そんな彼女をサボはまじまじと見つめる。コアラから女性社員の要望があったとはいえ、想像以上に可愛い感じの子が来たなァと口に出したら絶対にセクハラだと訴えられることを思う。五十人もいる中で、女子の割合はどうだったのだろう。毎年そこまで多くないので今年も似たり寄ったりだとしたら、その中から二課にこんな子が来たとなれば、さぞウチの連中は喜んだに違いない。
だいぶ失礼なことを考えながら、ようやく彼女の中で何かが収まったのか柔らかな笑顔が向けられた。やっぱり可愛い。
「これからご指導のほどよろしくお願いします。では、私は御手洗いに行くので」
「おう、よろしく。とりあえず歓迎会セッティングするかな」
自分の予定を確認しながら、彼女とは反対の社内のほうへ足を向けた。今週の金曜日は……と考えたところでやめた。あと二日しかない。男連中なら飲み会好きが多いからそれでも構わないだろうが、コアラや彼女はいきなりすぎると困るかもしれない。
社員証をかざして中に入ると「お疲れ様です」と次々に声をかけられる。それに軽く対応しながら自席のPCのスリープ状態を解除した。涼しい場所にやっと腰を落ち着けることができて思わずふうと息を漏らしてしまう。すると、それを見逃さなかったコアラが笑った。
「サボ君おっさんくさいなあ」
「うるせェ。黙って仕事しろ」
「はいはい」
「あ、そうだ。新人の子、来週あたり歓迎会でもやろうかと思うんだが、店の予約頼んでいいか?」
「わかりました」
OJT担当がコアラに決まると同時に、新人も必然とその先輩社員と同じ案件にアサインすることになる。コアラが現在担当しているのは食品会社の社内システムだが、改修や機能追加ではなく新規で構築するためなかなか大がかりな案件だった。とはいえ始まったばかりのプロジェクトなだけに、やりがいもあるだろう。配属していきなり大変なところにぶっこまれた、と恨まれなければいいとサボは思う。
ドアのロックが解除される音が聞こえた。つられるようにそちらへ顔を向ければ、用の済んだが入って来たところだった。今日は一日、仕様書の確認と聞いている。定時まであと約一時間ってところだ。
「そういえばサボ君。リリアンフードのトフェルさんから電話があって、打合せは再来週の水曜日に変更してほしいって」
「わかった。ありがとう」
社内システムのスケジュールに登録していたリリアンフードとの打合せを再来週の水曜日に変更する。
IT企業なので大体のことは自社のシステムが存在する。社員のスケジュールもそのうちの一つだ。三か月先まで書き込むことができ、社員であれば誰でも自由に閲覧可能である。この機能のありがたいところは、自身の所属する部署以外の社員の予定も把握できることにある。
新人は配属されると外線の電話応対が仕事のうちの一つで、当たり前だがフロア内にはいろんな部署がいるので当然自分と異なる部署の社員宛にもかかってくることがある。そういうときに、わざわざその部署まで行かなくともスケジュール表を開けば、外出しているのか会議中なのか、または席をはずしているだけなのか一目でわかるという寸法だ。
サボは決定ボタンを押したところでふと思い至る。せっかくだから新人を紹介しとくのも悪くないな。
「ちょうどいい。!」
「ふぁい!」突然呼ばれて驚いたのか、返事の仕方が可笑しかった。緊張しているせいもあるだろう。サボはあえてスルーしようと思ったのに「ああ! すみませんっ……急に呼ばれたので」自ら尻拭いしてきたので苦笑いする。
「気にすんな。そんなことより再来週の打合せ、お前もコアラと一緒に来い」
がさらに驚いて目を見開くものだから、サボは表情の豊かな彼女に満足げに笑った。