今日はどんなゲームするの?

 新人歓迎会を開いてくれるというのは配属されたらお決まりのことらしい。同期にも聞けば、同じようにしてもらうと返事が来た。すでにしてもらったという子もいて、会社見学のときに思ったことだが社内の雰囲気は良好という印象だ。
 を直接指導してくれるコアラは、明るく面倒見のいい先輩だった。勤務開始時間になったら、まず二人で数分にわたる打合せをする。そこで必ず今日の予定を説明してくれるのだ。たとえば、コアラが外出しなければならない日があったとする。そういう日のの仕事は、なるべく質問することが少ないであろう作業を用意してくれたり、仮に質問があったとしても「ハックが知っている」「これは課長に聞く」など的確な指示をしてくれるので非常にやりやすい。彼女はいわゆる仕事がデキる人間だった。

 歓迎会当日。予約したという店は誰もが知っているような飲み屋ではなく、小洒落たイタリアンバルだった。会社から二つ隣の乗換駅は、夜になるとちょっとばかし騒がしく飲み屋が多い。そんな夜の街の一角にこのお店は存在していた。
 定時を過ぎた金曜の夜は、どこか浮かれた気分のサラリーマンたちで賑わっている。はまだ残業をしたことがないが、彼らはきっと毎日汗水たらして働いている。そんな平日の疲れを癒すのに、金曜のアルコールというのは至高のご褒美なのかもしれない。学生時代は決してわからなかった気持ちが、少しだけわかるような気がした。
 外観だけでなく中もお洒落なそこは、オープンテラスがあることで随分と開放的な雰囲気を出している。十数人いることでちょうどテラス席に案内された先輩たちは、各々座り始めると早々にビールを頼んでいく。はしゃぐ彼らを見ながら、どこに座っていいのかあたふたするに気づいたサボが自分の右に座るよう気を遣ってくれた。

「お前ら少しは新人を気にしろよ。困ってるだろうが」

 文句を言っている割に楽しそうな口調だった。言われた通り隣に座ったはちらりと左に座るサボを見る。
 課長の彼は若くしてこの地位にいるのが不思議なのだが、実は高卒で入って来たのだそうだ。プログラム関係の専門学校にいたこともあって知識は豊富、当時システム事業部のホープと呼ばれたそうだ(コアラ談)。そんな元々すごい人間が経験を積んでみるみるうちに抜きん出ていき、業績を上げていくものだから会社もさぞかし驚いただろう。加えてこの容姿だ。は初めて会ったときの衝撃を覚えている。さらにこれは同期から聞いたのだが、サボは他部署でも人気があるそうだ。主に恋愛対象として。
 じっと見ていた視線を感じ取ったのか、サボは「お前もビールでいいのか」と聞いてきた。顔が近い。端正な顔がこれでもかという近さで自分を見ている。これはもしかしなくても近づけるチャンスでは――?

「あ、私はウーロン茶で」
「酒は苦手か?」
「どちらかといえば……」
「そうか。まァ無理やり飲ませるのもアレだしな」

 言いつつ、ウーロン茶追加ァと部下に声をかけている。こういう機会がよくあるのだろう、手際がいい。世のサラリーマンたちがしょっちゅう飲んでいるイメージは偏見ではないと思う。
 しばらくして全員分の飲み物が卓の上に置かれる。以外にも何人かアルコールではないものを頼んでいたのでほっとする。よかった、自分だけではない。
 全体を見回して頷いたサボが「よし」と勢いをつけてジョッキを掲げると、周りもそれに倣っていく。も慌てて真似して、ウーロン茶のグラスを掲げた。乾杯の挨拶が軽くされて、ジョッキがぶつかるカチンという音が気持ちよく響いた。直後、みんなが勢いよくビールを呷っていき、場は一気に宴会場となっていった。


 しばらくは料理やお酒を楽しむ傍ら仕事の話が話題にあがり、今回のプロジェクトはどうとか、次の案件は誰をどこに動員するかとか、小難しい話に耳を傾けていた。二課は上下関係なく仲が良いようで、サボに対して皆がフランクに話しかけている。その姿を見ていると、分け隔てなく慕われているのがわかってますます魅力的だと感じた。だが、話の輪に入る勇気はまだなく、軽い相槌を打つ程度にとどめている。その間も、隣のサボをちらちら見ては気分が高揚していった。
 アルコールも三、四杯目になってくると、誰かしら酔っぱらう光景が目についてきた。あれは三年目の先輩たちだろうか、二つ隣のテーブルで大きな声を出して笑っている。楽しそうだ。
 自分はといえば、ウーロン茶を片手に料理を少しずつつまんでいるだけなので酔うも何もないが、普段は知ることのない先輩たちの姿や仕事の話を聞くのは興味深かった。お酒を強要されることもなく、今後も安心してこういう場に来ることができそうだ。

「楽しんでるか?」

 鶏の唐揚げを口に運ぶ寸前、空席だった左側にいつの間にかサボが戻ってきていたらしく、急に話しかけられて箸を落としそうになった。

「えっと、はい。楽しいです」
「そうか、ならいい。……あいつらうるせェだろ? 新人の歓迎会だってのに酒が飲めるとなるとすぐこうだ」

 さっきと同じだ。部下たちを窘める台詞なのに、そこには全然反省をしろという意味は含まれていない。なぜなら顔が笑っているから。うるさいと言いながら本当は彼も宴会で騒ぐことが楽しいと思っている。そのとき子どもみたいに笑う人なのだと、新しい一面を見た気がした。
 普段は席が離れていることもあって、こんな近くになることがない分、心臓がどくどくと脈を打つ。アルコールのせいか、サボの顔は上気しているし、社内ではないという理由でワイシャツのボタンはいつもより一つ多く開いている。
くっ……これは、目に毒。一つ多く開いているだけで、こんなに差が出るのだろうか。ちらちら鎖骨が見え隠れして、の視線はもうどこに定めるべきなのかわからなくなった。顔を見てもダメ、首のあたりもダメ。ならば手元と思ったが、なぜか袖を綺麗にまくっていて、細いながらも筋肉質で骨ばった指先や腕がさらにを困らせた。
 そうした戸惑いが本人に伝わってしまったようで、グラスを置いたサボが頬杖をついてこちらに顔を向けてじっと見ている。

「おれの顔になんかついてるか?」どうやらの視線がきょろきょろとしているのが気になったらしい。人の顔をちらちら見たり、そらしたり。確かに失礼だが、仕方ない。サボの顔はの好みのど真ん中なのだから。と、本音を言うわけにもいかず素直に謝る。
「気を悪くされたならすみません」
「まァ少しな。気になったっちゃあ気になった」

 人当たりの良い課長のことだからそんなことないと否定してくれるかと思いきや、あっさり気を悪くしたことを認めた。外交的な態度は、一度相手を懐に入れるとこうも違うものなのだろうか。その答えに内心しまったと焦ったは、この際お酒の席だからと勢いのまま本音を打ち明けた。

「課長の顔が好みだったので、すみません」

 整った顔が、今度は口をぽかんと開けて固まった。しかしすぐに吹き出して豪快に笑い始めたので、は訳がわからず首を傾げる。え、今の発言に笑う要素なくない?

「あーいやワリィ。余りにも素直だったから、つい」

 つい、と言いながら笑いを収める気がないらしいサボは、「そんな堂々と言ってくる奴は初めてだなァ」なんて褒めてるのか貶してるのかわからないことを言った。
 アルコールのせいで多少気が昂っているとはいえ、部下(それも女)の頭をくしゃりと撫でるのは狡いと思う。

 その日、の中のサボは一筋縄ではいかなそうな上司という肩書きが追加された。