ゆるやかに落ちていく(2)

 それは英語の授業でのことだった。映画の名言集とかいう、完全に教師の趣味が全開している内容である。はもちろん大いに興味があるので苦ではないが、隣の翼が阿保らしいといったつまらない表情で黒板を見ていた。おかしいな、翼の趣味は映画館をはしごするレベルで映画好きだったと思うのに。

「この場合の関係代名詞はwhoだと思いがちですが、先行にonlyがきているのでthatになります」

 先生は名言を使って英語の構文を説明している。英文の横に小さく「最後の恋のはじめ方」と書かれているのは使用された映画のタイトル。見たことないのでわからなかったが、なんとも詩的な言い回しだった。
 ちらっと隣の席を盗み見てみると、やはり変わらずつまらなそうだった。と、ここでの悪戯心が沸き起こる。先日の「血迷い」発言に対する報復をかねて、ノートの端に黒板の英文をそっくりそのまま書き写すと翼の肘をつついた。

「なに」
「翼、これ見て。私の気持ち」
「…………」
「嘘じゃないから」
「気のせいだろ」
「はあ!?」

 思わず授業中だということも忘れて大声をあげると、何事かとでもいうようにクラス中が一斉にを見た。当の翼は口パクで「バカ」とのたまっているではないか。悔しいを通り越していっそ憎らしい。
 案の定先生はに注意を促し、いつの間に新しい名言を書いていたのか「訳してみろ」なんて酷なことを言う。英語は嫌いではないが、得意ではない。結果、わからないので正直にわからないと白状したのだった。

There's only one person that makes me feel like I can fly. That's you.――自分は飛べるのではないかと思わせてくれる人が一人だけいる。あなただ。