ゆるやかに落ちていく(5)

 パズルゲームは得意だが、たかだか「好き」の二文字を伝えるのに誰もいない場所に呼び出すという行為は難易度が高い気がした。いわゆる無理ゲーである。はっきり言おう、私はああいうロマンティックな雰囲気が苦手だ。世の中の恋する人間はそんなことをしているのかと思うと尊敬する。
 二学期に入り、受験モードは加速し始めていた。部活も引退しているので心置きなく塾に通っているし、昼休みもどことなく勉強する人が増えている気がする。
 あれから翼に告白することは控えていた。マサキの「雰囲気を作れ」がどうも頭の片隅に引っかかり、の口を重くさせている。受験勉強というやらなければならないことができたこともあって、恋愛にかまける余裕がないのも理由の一つだ。
 だから驚いた。帰りのホームルームがおわって教室を出てすぐクラスメイトに呼び止められたと思ったら、は体育館裏で告白されたことを。

さんが好きなんだ」

 心の準備も何もなくて、いきなりである。唐突にそんなことを言われたら誰だってあたふたするだろう。生まれてはじめて告白されたなら余計に。とりあえず自分ができないことをいとも簡単にやってのけた目の前の男子に拍手喝采。

「えっと……なんで私?」

 どう返していいのかわからなかった。ほかに好きな人がいます? ごめんなさい? 正解がわからなくて、ひとまず気になったことを口にしてみる。

さんって明るくて元気でしょ。かと思えば知的でミステリアスな部分もあって……そういうところに惹かれたって感じかな」

 全身にぶわりと鳥肌が立つ。
 明るくて元気。知的でミステリアス。言われなれていない単語が次から次へと飛び込んできて処理が追いつかない。ちょっと落ち着こう。の特徴は確かに明るくて元気ではあるが、知的でミステリアスかと言われると首を傾げる。少なくともの友人たちはそうしたポジティブ評価をしていない。自分でいうのも残念な話だが。
 告白してくれた男子はあまり接点のない人だったが、まったく知らないわけでもない。一度同じ班になったことがある。けれどそれだけだ。話したのも数回程度だったと記憶している。どうしたものか。
 彼の真剣な眼差しに申し訳なさが募り、どう断れば傷が薄くて済むのか困っていたとき。
 誰かが後ろからの腕を引っ張った。

「こいつのことを知的でミステリアスって評価してるんなら、それは見直したほうがいいね」

 毎日のように聞いている男子にしては少し高めの、の好きな声だった。明るい茶髪に華奢な体。けれど堂々としたその姿は、がいつも試合で見ている彼そのままである。

「翼!?」
「断るならちゃんと言いなよ。中途半端が一番傷つける」言って、目の前のクラスメイトに視線を向ける。断るとは一言も口にしていないが、間違ってないので反論の余地なし。
「えっと……ごめんなさい、私ほかに好きな人がいるんだ」

 このあと彼がなんと返してくれたのか覚えていない。「そうか」かもしれないし、「わかった」かもしれない。非常に失礼なのだが、翼が手を引いて強制的にその場を離れようとしたから不可抗力だったのである。


*


「で? 人様の告白を覗き見した感想はどうですか」
「別に。初めて告白されて浮かれてるだらしない顔を拝んでやろうと思ってね」
「浮かれてなんかいないし」

 妙に機嫌の悪い翼にもつられてつっけんどんな言い方で返す。
 体育館裏を後にして流されるまま翼と二人で帰っている。西日が翼の明るい茶色を照らして、より一層きれいな色を作り出していた。奇しくもこれがマサキの言う「雰囲気」なのだろうが、今はどちらかというと険悪な雰囲気が勝っているので告白のタイミングではない。

が好きなのは俺だろ? ほかの男にへらへらするなってこと」
「なにそれ上から目線すぎ! だからお前は俺だけ見てろって? 私の告白を何度も冗談に扱っておいてよくそんなこと言えるね。いくら頭が良くてかっこよくてサッカー上手くても、性格が悪魔だったら意味ないんだからね!?」
「……わかった降参するよ」

 両手をあげて白旗を揚げるポーズ。立ち止まって、翼がこちらにゆっくり視線を向けてくる。

「なに降参って。翼は私が好きってことでいいの?」
「飛躍しすぎ。そこまで言ってない」
「じゃあどういうこと」
の告白を受けてもいいって言ってるだけ」
「待って、それと私を好きっていうのは何が違うの。っていうか受けてもいいってやっぱり上から目線」

 しばらく翼との攻防は続くのだが、晴れて友人から彼女のポジションに昇格したは軽い足取りで家までの道を歩いた。