深夜0時、夜に溶けて交わる(2)

 が身じろぎするたびに、サボはそれを制する形で彼女の両手を掴んで動けないようにする。我慢したような切ない声がサボの鼓膜をくすぐる。普段なら絶対に聞けない彼女のそれに興奮するのは健全な男なら致し方ない。誰だって好きな女が普段見せない姿を晒してくれたら嬉しいものだ。もちろん自分の前だけに限定されるが。
 角度を変えながら短い口づけをの耳に落としていく。時折、食んで歯を立てると彼女の肩がびくんと震えて可愛らしい。しばらく同じことを繰り返しながら徐々に首へ移動する。ちゅ、ちゅという音で聴覚に刺激を与えつつ、項へたどり着いた瞬間きつく吸いついた。

「やっ」

 急な刺激に驚いて、の体が前のめりになった。とっさについて出た「いや」という拒否の言葉とは裏腹に彼女の耳が赤く染まっているのがわかる。アルコールを摂取したことを加味したとしても、これは彼女も興奮しているに違いなかった。
 その態度に気をよくしたサボはの背中をそうっと腰のあたりから上に向かってなぞってみた。コアラから彼女が"初めて"であることはすでに聞いていたので、まずは少しずつ刺激に慣れていくことからでもいいだろう。何せ夜は長い。今日は誰にも邪魔されることなく朝まで彼女といられるのだから。
 の寝間着を改めて見てみると、想像以上に際どい作りになっているのがわかる。パステルブルーは夜に着るには明るすぎて少し不釣り合いな気もするが、サボの色に合わせたカラーだと思えば嬉しくないわけがない。さっきは思わずコアラに悪態をついてしまったが、結果的には良かったのだろう。
 薄い生地の寝間着は下着も透けてしまうのに、はよく決心がついたものだと思う。以前は抱き合うことだって恥ずかしがってたのだ。それがなぜかここにきて大胆な服でサボを誘惑するとは、コアラの入れ知恵といってもどんな心境の変化なのか。
 くすぐったいのか、わなわなと震える姿が小動物みたいで可愛い。布越しに背中へキスを落とすと、ひと際大きく仰け反った。
 そうしてが背中の刺激に集中している間、サボの手はゆっくりと寝間着の中へ侵入していく。腹部から直に触れた肌は自分のそれとは明らかに違い、不覚にもどきりとした。撫でるように上へ上へ手を滑らせていき、待ちかねていた二つの膨らみにそっと触れる。

「あっ……だめ」

 どうやら背中へのキスに集中しすぎていたのか、は自身の胸の違和感にようやく気づいて慌てて体を掻き抱いた。身を縮ませて触らせまいとしているが、逆に後ろががら空きで正直この恰好ではなんの意味もない。最初は下着の上から、と思っていたのをやめて、サボの手はすぐさま彼女の背中に移動した。

「悪いな。逆に脱がしやすくなった」
「えっ」

 ぱち。ホックが外れた瞬間、下着から解放されたの肩がより一層大きく跳ね上がる。取り乱す彼女に構わず、サボは引っかかっているストラップを外してソファの上に置いた。
 何気なくその下着を見やると、装飾は派手ではないがらしい淡い色合いのもので――いや、これもコアラが用意したんだったか? あいつ、なにしてんだ。と、思わずこの場にいない部下に突っ込みたい衝動を抑え、笑って誤魔化した。

「な、にっ……笑って、るのっ……」

 不自然なタイミングで笑ったせいで、が不安な瞳をこちらに向けた。自分が笑われていると思ったらしい。少し潤んでいるの瞳はきっと行為のせいもあるだろうが、このままだと誤解されてしまうのでサボは「ごめん」と謝ってから、目尻に口づけた。

「お前のこと笑ったわけじゃねェから」
「……?」
「気にすんな」
「あ、そこ……やだっ」

 片手でやんわりとその感触を楽しむように、胸を優しく揉む。初めて触れた彼女のそれは、滑らかで柔らかくて気が遠くなるほどだった。
 ああ、何年待ったんだったか。夢の中で、記憶の中で、顔のぼやけた”彼女”が自分に呼びかける姿を何度も見てきた。不確かな像だったそれが幼い頃将来を誓った相手だったと知ったとき、もう絶対に見つけられないと思っていたのに、ドラゴンから連絡をもらったときの喜びは今でも覚えている。今度こそ手放すものかと、サボはほかでもない自分に誓っていた。
 もう片方の手で寝間着を少しめくり上げて直に背中へ口づけながら、胸に触れている手の動きも止めずにサボはの奥底に眠っているだろう感覚を引き出していく。時折舌を這わせつつ、音を立てて強く吸いついて。彼女から見えない位置にいくつも痕をつけていくことは、少なからずサボを興奮させた。
 微かに聞こえる外の喧騒も気にならないほど、の聞いたことない声と背中へのリップ音、それからもじもじとが足を摺り寄せる音で部屋は満たされている。まだ序盤も序盤だというのに、すでにこの熱に侵されて気を失いそうだった。
 サボは、行為自体は初めてになるものの男同士そういう話はこれまでたくさんしてきたし、知識だけでいえばそれなりに頭の中に入っていた。昔、女っ気がないことで部下たちから無駄な心配をされたことがある(余計なお世話だ)が、幼少の記憶が戻るまでちらついて離れない姿があったのだ。そのふわっとした像が今ならだとわかるとはいえ、健全な男がよくも耐えられたものだと思う。まあもちろん生理現象は日常的に起こるけれど。
 ともかくその子に会えると信じて疑わなかったのは記憶が戻るまでの話で、正直エースの件が整理できたあとは彼女に会うのは到底無理だと思っていた。だったら守る必要もないと投げやりになっていた頃、あの連絡をもらったのだ。
 "カートレット家のお嬢さんを拾った。サボ、お前が探していた子だろう?"
 奇跡だと思った。調べたらカートレット家の一覧にの名前がなくて絶望し、もう二度と会えないと思っていたから――

「なァ。本当に、いいのか?」

 そろそろ彼女の表情が見たくなったサボは、念のためにそう問いかけた。ここにきてやめるつもりなどさらさらないくせに、あくまで彼女の前では紳士的な態度でいようとする自分に笑う。には幻滅されたくない思いがあるからか、どうしてもかっこつけてしまう部分があるのだ。
 何せ約十七年間離れていた上に再会できてからも数か月程度。おまけに幼少の彼女しか知らず、再会したと思ったらいきなり成長した姿なのだから動揺もする。笑顔が似合う可愛らしさという幼い頃の面影を残しつつ、全体的に端麗な女性へ変貌を遂げたを見たら、いくら普段冷静のサボも平常心ではいられなかった。
 そんな動揺を隠しながら、けれどそれを悟られまいとしてあくまで紳士的に振る舞っている。だから今この瞬間もにかっこ悪い姿は晒したくないのである。
 呼吸を整えながら振り返ったの頬は想像以上に上気していた。言葉を発するのではなく、こくんとまるで従順な子どもように頷いた彼女を見てからサボの行動は早かった。
 を抱え上げ、奥に続く寝室に移動する。そのまま優しくベッドに寝かせると、淡いオレンジの薄光が彼女の体を照らした。薄い生地の寝間着を着ているとはいえ、初めて見る彼女のフォルムは眩暈がしそうなほど美しかった。この体が自分のものなのだと思うと、腹の下がずくんと疼く。
 しかし、はそんな自身の体を隠そうとするように両手を胸の前で交差させた。

「隠すなって」
「だって……はずかし、んんっ」
「まあいいけど。隠せる余裕なくしてやる」
「なっ……」

 胸の前に置かれた手のおかげで、下が無防備になっているのをサボが見逃すはずがなかった。の腰に触れてそのままショートパンツを下ろしにかかると、すぐさま気づいた彼女がサボの手を掴んで制した。「まって」しかし、サボはその動作を待っていたかのようにふっと笑って彼女の左手を掴み返し、ベッドに縫いつけた。また抵抗されては困るので簡単に動けないよう指を絡めとれば、悔しそうに睨んできた。

「全然怖くねェ」
「もっ……ずるいっ」
。おれは今すげェ嬉しいんだ。お前とこうして触れ合えて、お前の初めての相手になれて」
「……っ」
「だから、な?」
「――んや、ぁっ……」

 心許ない寝間着をめくりあげて、露わになった胸に口づけた。かろうじて右側だけ隠しているが、もはや時間の問題な気がした。
口づけるたび、刺激に驚くの指がサボの手の甲に食い込む。一旦顔を上げたサボの目に、恥ずかしさからぎゅっと目を瞑る彼女が映る。そんな初々しさに思わず笑みがこぼれてしまうが、今更ここでやめるわけにもいかない。だから、大丈夫だという意味を込めて彼女の瞼にキスを落とした。