金曜日(1)

 朝起きたら目の腫れが酷くて元に戻すのが大変だった。ネットで調べた方法でどうにか誤魔化せたものの、鏡で確認したらまだ少しだけ腫れぼったい。けれど学校に間に合わないので、仕方なくこのまま家を出ることにした。
 早いものでポートガスくんとの当番も今日が最終日だ。最初に描いていた未来とはまったく異なる形になり、期待で胸を膨らませていた月曜の朝が懐かしいとさえ思う。できることなら今日の当番はなくなってほしかった。それか彼が部活で来れないように、なんて願っている自分がいる。
 するつもりのなかった告白をして、一体どんな顔して会えばいいのだろう。クラスが同じであることだって気まずいというのに、昼休みと放課後まで一緒に過ごさなければならない。「おれはお前のことなんかなんとも思ってない」と言われたら、いよいよ立ち直れそうになかった。
 ローファーを脱いで上履きにつま先を通し、下駄箱の扉を閉めようとしたときだった。

さん」

 下駄箱を挟んで向かい側からこっちに向かって顔をひょっこり出した状態のサボくんが私の名前を呼んだ。

「わっ――」

 突然のことに身がすくみ、後ろに一歩二歩とたたらを踏んでなんとか堪える。転ばずに済んだとほっとしたのも束の間、私の思考はすぐに別のことにとらわれた。サボくんがいるということはもしかして――

「あー心配しなくていいよ。あいつ、まだ体育館にいるだろうから」
「……え、あ……」

 心の中を読んだみたいに、サボくんが微苦笑しながらそう言った。二人がよく一緒にいるところをよく見かけるから、ポートガスくんもそばにいるのではないかという考えはどうやら違ったらしい。

「顔に出てる。エースがいたらどうしようって」

 ケラケラ笑っているサボくんがちょっと向こうで話そうと提案してきたので、一瞬迷ってからおとなしくついていくことにした。そういえば彼も運動部だったと思うのだが、朝練はないのだろうか。と私の心の中をまたしても読み取って「朝練は月水木」可笑しそうにしながら教えてくれた。私ってそんなに顔に出やすいのかなあ……。
 サボくんが向かったのは二年の教室がある階の談話スペースだった。他クラスの生徒と昼食をとる場合に利用されることが多い。今は朝の、それも八時を過ぎたばかりなので静かな空間になっている。空いている席に適当に腰かけたサボくんは私に向かって申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「干渉するつもりはなかったけど、あいつ思ってるより不器用でさ」
「……?」
さんはエースのことが好きなんだろ?」

 包み隠さず直球な言葉でサボくんが聞いてくる。言葉に詰まってたじろいだものの、彼の前で隠し事は無理そうだった。

「気づいてたんだ……」
「まァな。三日前にエースのことを聞いたとき、すげェ優しそうな顔してた。すぐわかったよ」

 そう言ったサボくんの表情はとても柔らかかった。ポートガスくんの話をするとき、彼はどこかいつも楽しそうだ。ただ、私の心はあの日と違って全然晴れやかではない。

「実は昨日、勢いで告白しちゃったんです。言うつもりなかったのに。でも……ポートガスくんが、あんなこと、言うから……」

 思い出してまた胸が痛んだ。ポートガスくんは、私がサボくんのことを好きだと勘違いしてあんなことを言ったのだということはわかっていた。だからこそそれがショックで、彼の中で私という存在がただのクラスメイトだと突きつけられているようでつらい。わかっていたことなのに、実際言葉にされると心が悲鳴を上げる。

「親友が悪いことしたな。ごめん。慰めにならねェだろうが一応謝っておく」

 私の落ち込み具合を見かねてサボくんが謝る。口ぶりから考えて、「私がサボくんのことを好きだとポートガスくんが思っている」という勘違いが起きていることまでは知らないのかもしれないが、勘の良い彼のことだからそういった事情を察して話しかけてくれたのかもしれない。
 ポートガスくんと同じで彼もまた優しいのだ。

「サボくんが悪いわけじゃ、ないよ」
「はは、そうだな。けど今日で当番も最後だろ? おれは、案外二人は相性良いと思うぞ」

 快活に笑ってから、ゆっくり立ち上がったサボくんが鞄を持ち直して歩き出す。さらっととんでもない言葉を置き土産にして。それから三日前に図書室で会ったときのように、一度振り返って何かを思い出した彼は、「それと伝言。あいつ、昼休みはまた部活で集合かかってるから行けないってさ」と付け加えた。