過去を共有する者(2)

 いずれは聞かれるだろうと思っていた。本人がいる前で堂々と話を持ち出したのだから当然といえば当然である。あのとき、どうしての上司だという革命家ドラゴンの右腕――サボに十年前のアンバーの事件を聞いたのか。自身の胸の内にくすぶる好奇心がつい口を滑らせたのかもしれない。
 だが、本当にそれだけなのかと問いかける第三者が頭の中にいた。に興味を抱き始めているのは認めるとしても、それは単純な好奇心だけではない。革命軍が調査しているというアンバー王国が宿敵ドフラミンゴに繋がる可能性を持っているからだ。
 アンバー王国の事件はローの記憶にも微かに残っていた。すでに"オペオペの実"の能力者となり、生きながらえた自分は命の恩人であるコラソンことロシナンテの仇討ちに残りの人生を費やすことを決意した。ハートの海賊団を結成し、情報を集めながら少しずつ準備をしている最中のことだ。十六歳のとき、とある国で大規模なクーデター騒ぎがあり世界でも大きく取り上げられたのだが、そのとある国こそ彼女たち革命軍が調査しているアンバー王国である。
 近隣諸国に比べて二百年という短い歴史を持つアンバーは、海底火山の噴火によって突然現れた島国で有名だった。当時どの程度科学が進んでいたのかは不明だが、たいていは波に削られて島としての形を成さないまま海に隠れることのほうが多いという。つまりアンバーという国が今も残っているのは不可思議な現象のひとつであり、世界中が興味を持つには十分だったわけだ。
 さらに王国を有名にさせたのがアンバー海域特有に存在する未知の鉱物の存在だ。水深二十から三十メートルの場所にあるといわれており、その種類はクオーツによく似たものだと文献には書かれている。だがローが知る限り、この未知の鉱物に関して詳細は不明だ。どこかの研究機関が調査しているとしても内容は公表されていない。なぜなら、一つだけ言えるのはその鉱物が高エネルギーを放出するという噂があるからだ。その効力や程度はわかっていないものの、力を欲する輩からしたら喉から手が出るほどほしい資源であることに変わりなかった。
 国内では燃料として利用される資源が、十五年前から秘密裏に高値で売買されているという情報が政府にもたらされたとき、一度は流れを断ち切れたと思われた。
 しかし五年のときを経て、再び資源が国外に出回っていることに気づいた者たちがいる。それがの父親であるフローレス・ヴァン・ウォルトを筆頭とする革命軍のメンバーだ。当時、ドラゴンは別件で行動していたと聞いているから実質指揮を執っていたのはウォルトだろう。彼はこの資源の不当な売買に目をつけたどころか、国家乗っ取りのクーデター計画をつきとめたのである。
 事前にウォルトがこの情報を入手したことで、クーデターはほぼ未遂で終わることになったのだが、もちろん万事うまく事が進んだわけではない。国家存続の危機は免れたものの尊い犠牲は多かったと聞いたし、クーデターを阻止する側の革命軍にも死傷者が出た。そのうちの一人がウォルトである。何でも人を庇って亡くなったというが、それが娘のだとしたら――ショックで事件の記憶が飛んでいる可能性もある。忘れているなら好都合、無理に思い出させる必要はないとあいつらが判断したのも頷けた。
 あの事件の首謀者はマーティン・アレスという男がリーダーを務める一種の信仰集団だったと新聞各社は伝えているが、ローは知っていた。その後ろにドフラミンゴという黒幕がいることを。だからこそ、今もし再びアンバーにクーデターの噂があるのなら、それは奴が手を引いている可能性が高い。

「……テン! キャプテン!」

 はっとして我に返ったとき、ペンギンが心配げな眼差しをこちらに向けていた。どうやら話をしている最中だということを忘れて別のことを考えていたらしい。何度呼ばれたのかもわからず、珍しく思考の海に沈んでいたことに自分でも驚く。

「…………悪い、聞いてなかった」
「さっきからどうしたんスか、ぼうっとして」
「いや……何でもねェ」

 船長室でペンギンからアンバー王国近辺の治安に関する報告を受けていた。噂が本当なら周囲にも多少影響が出ているはずで、何かしらクーデターを予感させる怪しい動きがある。例えば、不審船の往来といった普段とは違うことが起きているものだ。
 そして予想通り、ペンギンが少し前に船長室を訪ねてきて、ここ半年で不審な商船が複数目撃されているという話を聞いていたはずだった。それがいつの間にか頭の中に十年前の事件が浮かび、自身の境遇とのことを重ねて見てしまっていた。コラソンを、彼の実の兄であるドフラミンゴに殺された自分と、間接的に奴によって父親を喪った彼女を――
 このまま連れていけば、きっと記憶の引き出しが開かれていくに違いない。そのとき傍にいるのはローではなく本来の仲間である革命軍だろうが、はたしてを連れていくという選択は正しいのだろうか。
 自身の目的のために情報を持つ革命軍の彼女を連れていきたい気持ちと、辛い記憶を思い出させるべきではないという気持ちがせめぎ合っている。らしくないと思うが、どうしてかに対して同情心のようなものが芽生えて次の行動を躊躇わせる。ハートの海賊団の船長、そして七武海の一人であろうとも自分が情けない。

「キャプテン、もしかして疲れてます?」

 歯切れの悪い受け答えを不審に思ったらしいペンギンがこちらに近づいて顔色をうかがう仕草をする。医者を名乗る自分が仲間に心配されるというのも奇妙な話だ。普段は他人を診る側にいる分、慣れない。ただもう少し整理したい気分だった。

「そうかもな」
「そうかもって……本当どうしちゃったんスか」
「ペンギン」
「はい?」
「例えば、自分の目的のために相手を傷つけるかもしれないことしなきゃならねェとする。そのとき、お前ならどうする?」
「……え、全然話が見えないんですが」
「どうなんだ」

 他人に答えを求めるようなことではなかったが、なんとなく聞いてみたくなって口にした。案の定、ペンギンは訳が分からないといった表情をしている。
 人間は悩み事があるとき誰かに相談したくなる傾向があるが、そういう場合はたいてい自分の中である程度答えが出ているものである。単に背中を押してほしいだけなのだ。しかし、ローの場合は違う。本当に他人の意見を聞いてみたかっただけだし、ましてやローの中で答えはまだ出ていなかった。
 唐突に話題が切り替わって未だ混乱するペンギンは、しかし真剣に話しているローの口調からとりあえず自分の”回答”を導き出そうとしてくれていた。

「まあ海賊の立場から言わせてもらうなら目的を優先させるでしょうけど、おれ個人の意見としては相手を傷つけるってわかってんなら別の方法を考えますね」
「……別の方法か。なるほどな」
「ちょっ……キャプテン、真に受けないでくださいよ。おれ個人って意味ですからね!?」
「ああ、わかってる」

 思った以上に――というとペンギンに失礼かもしれないが、納得のいく回答を得られたローは、そのあと調査報告を再度確認しながら二日前の海図室でのやり取りを思い出していた。
 ベポが戻ってきたとき、口を開きかけたが何を言おうとしたのか。皆目見当もつかないが、ベポに感謝しなければならない。もしも彼女に何かを聞かれたとして、あの瞬間ローはきっと何も答えられなかったのだから。