過去を悔やむ者(2)

 サボがその話を聞いたのはウォルトたちの会議に参加したときだった。彼の元について早二年が経ち、共に任務をこなしていく中で少しずつ知識や技術が身についていくのを実感していた。九歳のもあからさまな戦場に立つことこそないものの、父親の背を見て何かしら思うことがあるのか子どもというのを武器にあちこち動き回っている姿を見かける。
 彼女が心を開いてくれるようになってからわかったことだが、大人しそうに見えて実は行動的だったり、サボが知らないことを知っていたりと意外な一面が次から次へと現れた。笑っていたずらをしたり、一緒に本を読んだり、時には危ないこともやらかそうとするから叱ったりする。まるで妹ができたみたいで心が躍った。何よりの笑顔が可愛く、サボにとって心のオアシスになっていた。
 そうして数々の任務をこなしていた頃である。アンバー王国でクーデターを目論む犯罪組織の話があがったのは。

「話をまとめるとこうだ。マーティン・アレスという男が指揮する集団が、アンバーを乗っ取ろうとクーデターを計画している。決行は一週間後、城下で騒ぎを起こし城の警備を手薄にしたところで幹部が内部に侵入する。狙いはやはり未知の鉱物だ、高エネルギーを持っているとかで裏の世界じゃかなり有名だという」
「ドフラミンゴが絡んでいる可能性は?」
「大いにある。尻尾は出さないだろうが、間違いなく奴が絡んでいるとみていいだろう。アレスはかつてドンキホーテファミリーに席を置いているしな」
「……で、ウォルト。作戦は?」
「ああ、そうだな――」


 大人たちのやり取りを、サボは一言一句漏らさず聞いていた。三時間にも及ぶ会議だったはずだが、不思議と疲れていない。むしろ今まで一番大きな任務の予感がして武者震いを起こしていた。サボはサポートにすぎないけれど、作戦は頭の中に入っていたし行動に移せと言われたら問題なく実行に移せるだろう。成功するかは別として。
 前日にアンバーへ入国することが決まったウォルトたちにサボも同行することになったが、驚いたのはも作戦に参加するという話を聞いたことだ。城の内部に潜入し、王族たちの様子をうかがう重要な任務を任されているらしい。小さい分、身を隠しやすく、敵もまさかこんな子どもが潜入しているとは思わないだろう。
 それには見た目の可愛らしさからは想像しにくいが、臨機応変に対応できる賢さも持ち合わせているのでうまく機能すれば任務が潤滑にいく。万が一の場合、サボも同様に城でウォルトたちと待機する側だからいざとなれば助けに入ることができる。
 ウォルトを含めた一部の隊員は城に攻めてくるであろうアレスたちを迎え撃ち、陽動作戦である城下の騒ぎに残りの隊員たちを送り込む――というのがウォルトの立てた作戦だ。アレスたちが動くタイミングを少し離れた場所で待機するが逐一報告する。奴らが通るルートはすでに把握しているというので、あとはその時が来るのを待つのみだ。相手にもこちらの存在は知られているはずなので、逆にこのくらいシンプルなほうが油断してくれるかもしれない。
 この時のサボは、作戦が成功する未来しか描いていなかった。


*


 ある土地がひとつの国として成り立ち統治されるには憲法が必要だと勉強した。国の基本となる法規であり、これに反する法律は作ることができない。そこに国民が存在し、政府が生まれ、他国との関係を築いていく。
 アンバー王国は二百年と他国に比べて歴史が浅く、あらゆる民族が移民してきたという過去を持つ。自然現象によって突然現れた島国であるが、みるみるうちに国として大きく育ったというから当時の人々の賢さがうかがえる。そうして発見されたのが未知の鉱物――名前は発表されていない――の存在だ。
 経済の発展には技術力の進歩や人・物の資本が必要になると、本で読んだことがある。アンバーは早期に資源が発見されたことで大きく発展を遂げたわけだが、その分資源を羨む人間も多くいた。こうして不当な売買が国の知らないところで行われるようになり、犯罪組織に目をつけられてしまう。
 政府で厳重に管理されているといっても、完璧なシステムというものは存在しない。どこかに穴があって、その隙をつく人間は必ずいる。
 クーデターを目論むアレスたちはドフラミンゴとかいう大悪党の傘下らしいが、真の目的は国家乗っ取りなどではないだろう。アンバー王国は確かに尊い資源を持っているものの、世界の大国に比べれば大したことはないはずだ。とはいえ若干十二歳のサボには見知らぬことも多いゆえに推し量るのも限界だった。
 クーデター決行前日。アンバー王国は、静かな夜を迎えていた。瞬く星のなんと多いことか。
 隠れ家となっている空き家の出窓に腰かけていたサボは、夜空を見上げて物思いに耽る。緊張や高揚感で眠れないサボに対して、視線を部屋の中に戻すとスヤスヤ寝息をたてるが口元を笑わせていた。一体どんな夢を見ているのか。肝が据わっているな、と苦笑いしたくなる。本当に明日がその時なのかわかっていないのではないかと疑いたくなるほどだ。けれど、彼女の普段と変わらない寝顔が逆に落ち着かせてくれる気もした。

「おれもそろそろ寝ないとな」

 ベッドで眠るの傍に寄って背中をそこに預けたサボは、しばらく現にあった意識が徐々に夢の世界へと落ちていくのを感じながらやがて完全に意識を手放した。


 その日の朝は、何気ない日常の始まりのような――まるでいつもの、朝飯を食って勉強したり鍛錬したりとかそうした一日の一部のように思われた。市街にいる国民は至っていつもの朝を迎えている。あらゆる店も施設も、街を歩く人々も。このあと何が起こるかなんて想像もしていない。当たり前の日常が来ると思っている。無理ないことだが、平和な国ほど危機意識は低いものだ。
 サボはウォルトたちと共にアンバー城の周辺に身を隠していた。午前十時を回ったところである。調査によれば奴らが行動を起こすのはこの一時間後だという。今日は城内で催し物があるとかで、やたらと着飾った人間が門を通っていくのが見える。
 その光景を見ながら、サボはすでに内部に侵入しているを案じていた。どこで待機しているのか知らされていないが、王族が集う場所は限られているし、近すぎても離れすぎても任務に支障が出るためある程度絞り込むことはできる。彼女が戦闘に加わることがないとはいえ、近しい場所にいることに変わりない。
 今日が無事に終わるよう胸中で願かけしかけたとき、

「サボ、そろそろ移動だ」

 後ろにいたウォルトから肩を叩かれた。
 いよいよ作戦が始まる。