過去を悔やむ者(3)

 が任されていたことは、アレスたちがやってくるタイミングを、子電伝虫を通して父に伝えることだった。この作戦の責任者である父は数十名の部下たちを城下の暴動阻止組、そしてアレスたち幹部を捕える内部組の二組に捌いて指揮を執っている。暴動が始まれば確実にやってくるだろうアレスたちを、のタイミングで伝える。早くてはバレてしまうし、遅くても後手に回る。つまりベストなところで父に連絡を入れる必要があるのだ。
 予定された時間より三十分前、比較的警備が手薄である左右のゲートハウスから城内に侵入していた。子どもの姿は何をするにも気づかれにくい上に、小回りが利くのも隠密活動をするにはもってこいである。できることは限られているとしても、父の役に立てていると思えば誇らしかった。
 ゲートハウスを越えて庭を通り過ぎると、居住区の棟に続く扉がいくつかある。アンバー城は城壁のほかに跳ね橋があるため、大抵の場合攻め込まれることはないが、この時代ともなると悪魔の実の能力者がそこら中にいるので油断ならない。

「ここまでは大丈夫みたい」

 貴族の子どもさながらの恰好で内部侵入に成功したは昨日叩き込んだ城内の地図を脳内で広げた。今日は王室主催のガーデンパーティがあるとかで、来賓のほか一般客も大勢集まるらしい。騒ぎを起こすにはうってつけだ、一般客に紛れ込めば怪しまれることはない。大人数ともなると、一度中に入れば招待客かどうかなど衛兵にはわからないものである。
 はだだっ広い廊下を進み、螺旋階段を登って最上階の五階へあがる。途中で使用人と思わしき人間に出会ったが、今のは”どこかの貴族の子ども”という設定で城内を歩いているので会釈だけしてやり過ごした。しばらく歩いていくと、開かれた扉から話し声が聞こえたのでさっと身を隠して中の様子をうかがった。
 話している内容は至って普通の、国の経済や外交、事業など。アンバーの王族に加えて、パーティに出席予定の客人もいるようだった。
 は父へ連絡を取るために、一度手前の空き部屋に入り子電伝虫を取り出した。

「もしもしお父さん、聞こえる?」
『……か。どうした』
「王族と客人がいる部屋の近くまで潜入成功。そろそろこっちに移動してきていいと思う。西側のゲートハウスから、二つ目の扉を開けておいたよ」
『了解』

 通信を切って子電伝虫を懐にしまう。今の恰好は動きにくいドレス姿だが、スカート部分はすぐに引きはがせるタイプの潜入用のために作られた特別仕様だ。下に別の服を着こんでいるせいで若干不格好になるものの、よく見なければわからない程度なので一般人には気づかれまい。
 は父たちが来るまでの間、このあとの動きを確認する。十一時になるとパーティ出席者たちが二階の中庭に移動するはずで、その隙を狙ってアレスたちが奇襲する計画だ。奴らが来るのは父の調査によれば、が来た方向とは反対側――つまりこちらから見て正面から迫ってくるという。王族や一般人を巻き込まないためには、姿を現した時点でこちらが攻め入るしかない。
 がやがやと隣の部屋が盛り上がっているのを見届けながら気を引き締め直したとき、

「……?」

 正面からと同じくらいの女の子がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。綺麗に着飾っていたその子は、本物の貴族(といってもは本物をよく知らないが)のように堂々としていて美しかった。が、ドレスの丈が長すぎたのか足で裾を踏んでしまったらしくその場で盛大にこけた。ああ、可哀想。
 この時のは、自分と同じくらいの子が大人の催し物に仕方なく付き合わされていて、たまたま城内を歩いていたのだと、そう思っていた。こけた子は起き上がるのも億劫そうだったので、思わずは飛び出して駆け寄った。
 この選択が間違いだったのだと、のちに記憶を失うは気づかないまま――


*


 から連絡を受けたウォルトの後についていくように、サボは城内を歩いていた。先ほど、城下にいる仲間からも乱闘騒ぎが起こったという連絡が来たし、城の警備隊が慌てて移動していったので計画はもう始まっているとみていいだろう。アレスたちも別のルートで城内にいるはずだ。
 どうやらパーティが開かれるようで、一般人も招待されているという。が開けておいた西側の扉から内部に入ることに成功したサボたちは、周りを気にしながら彼らがいる五階を目指した。ほとんどの使用人たちがパーティの準備で中庭と調理室を行ったり来たりしているようで、難なく目的の階までたどり着くことができた。
 しかし、サボが五階の床を踏みしめたとき、辺りの異様な雰囲気を肌で感じ取ってその場で足がすくんだ。なんだろう、この先に進んではいけないような直感ともいうべき何かが働いたのだが、任務で来ている以上そういうわけにもいかず、サボは恐る恐る歩を進める。
 階段をのぼり開けた廊下に出たあと、飛び込んできた光景が信じられなくてサボは立ち止ったまま茫然と正面を見つめた。
 長い廊下の中央辺りで、と見知らぬ子どもが武装した集団と一緒に立っていた。まるでサボたちが来るのを待っていたかのように。

「待ってたぜ、革命軍の軍師・ウォルト」

 集団の中央にいる男が太い声で言った。どうやら奴がこの集団を率いるマーティン・アレスとみて間違いないだろう。全身を黒いマントで包んでおり、顔しかわからない状態だが、深紅の瞳が特徴的な大柄の男だった。
 どうしてこのような状況になっているのか、の悲壮感にあふれた表情を見ればある程度想像がついた。のそばで無表情に立つ小さな女の子をダシに使われたのだろう、無関係の子どもだと思って近づいたが実はアレスの手の者だったわけだ。

「何の真似だ。その子はパーティの客人、我々とは関係ない」

 ウォルトもすぐに状況を察して応対する。がサボたちと無関係であるとわかれば、あるいは解放される可能性があるかもしれない。

「そんな嘘に騙されると思うか? てめェんとこの娘ってのはわかってんだ。返してほしけりゃ、今すぐこの件から撤退しろ」

 ぎろりと鋭い視線がこちらに向けられる。アレスたちの中では革命軍の内部情報も行き渡っているらしい。舌打ちをしたい思いで、しかし何をすることもできずサボは成り行きを見守った。

「……なら仕方あるまい、力づくで奪い返すまで。シン、お前たちは客人のいる部屋へ向かって保護をしろ」
「了解!」
「お、おれはっ……?」
「サボもシンたちについてってくれ。大丈夫、は必ず助ける」

 きっと自分の不安な表情にウォルトが気づいたのだろう。安心させるようにサボの頭を撫でたウォルトは残りの仲間とともにアレスたちと対峙する。その光景をやっぱり不安な気持ちで見つめながら、後ろ髪を引かれる思いでサボはシンの背中を追って別の部屋に向かった。