揺れ動く心(2)

 と一緒にいたのは革命軍のナンバーツーでもなければ、あのとき通信をしていた女戦士でもなかった。上陸したときに見かけたもう一人の女だ。と同じくらいだろうか、長い銀色の髪とタイトで短いスカートが目を引く。年齢は近くとも二人の見た目は対照的で、はどちらかというと地味な服装――というより動きやすさを重視したパンツスタイルだったが、片方は肌を露出する女特有のラインがわかるような恰好だ。それはそれでローは嫌いではないし、本人に合っていれば別に何でもいい。
 そう、服装なんて本人の自由だ。何を着ようがそいつの好きにすればいい。問題はそこではなかった。女から感じ取った不穏な視線がまとわりつくように、ローの居心地を悪くさせている。特段、怪しい人間には見えないのだが、見た目で判断するにはこの女との接点が少なすぎる。
 しかし気にしたところでローには関係ない。この件が済めばもう会うこともないのだから。

「仲が良いってわけじゃねェ。こいつが目に余る行動を取るからだ」

 別に弁明する必要もなかったが、なんとなく言っておかねばならない気がしてローはそう答えた。エリスと名乗った女は納得いったのかそうでないのか「ふうん」とどちらとも言えない返事をして、のほうに視線を向けた。「も隅に置けないね」小声で言ったつもりだろうが、ローの耳にもしっかり届いたそれは本人を一番驚かせた。

「ちょっとエリスちゃんそういうのいいから! というかそんなことより、トラファルガーさんのほうは何かわかったんですか?」

 無理やり会話を終わらせたが紛らわすように話題を振ってきた。まああえて追及する必要もないし、こちらとしても踏み込まれても困るのでちょうどいい。彼女の話に乗っかることにしたローはこの二日間で得た情報を打ち明けた。
 ここ半年で不審船が目撃されてからというもの、何者かが上陸して不穏な動きを見せていることは巷の酒場で専ら噂になっている。司教が亡くなったことで、革新派の動きが活発になっていることも革命軍のナンバーツーから電伝虫が入って聞き得た情報だが、これに乗じてクーデターを計画しているのが十年前のマーティン・アレス率いる集団の残党であれば、それは確実にドフラミンゴが絡んでいるとみていい。というより、ローの中ではほぼ確定事項だった。
 ドレスローザ王の座を手に入れてなお、奴がこの国に何を仕掛け、どうするつもりなのか。その真意ははかりかねるが、例の高エネルギー鉱物が関係していることは予想がつく。武器を集めて売りさばいていることはこれまでの調べでわかっているし、人造悪魔の実の情報もいくつか入手している。
 これが戦争を助長する形になっていることは革命軍も知ってるだろう。だが、アンバーが目をつけられたのはもう十年も前で、まさか今になって再びクーデターが企てられているなど誰が予想できたか。あれから厳重に管理されるようになった鉱物は世界政府がチェックをかけている関係で、そう簡単に持ち出すことはできないはずだ。
 つまり、手引きしている内通者がいる。それが例の上陸している集団と繋がっていると考えるほうが自然だろう。

「なるほど。その集団っていうのが、私たちも情報を得た酒場に出入りしている人たちってわけですね」
「お前……」
「はい?」

 革命軍の奴らも調査しているのだからその集団が、かつてマーティン・アレスが率いていた集団の残党の可能性にたどり着いているはずだ。しかし彼女の様子から特に変わったことは見受けられない。
 ということは――

「お前、何か思いだしたりしてないのか」

 直接的な表現はあえて避けて問いかける。
 上陸して丸二日が経ち、記憶が断片的にでも戻ってきているのではないかと考えた。十年前のこととはいえ、この国のどこかに彼女の記憶の引き出しを開くトリガーとなるものが存在するはずだ。当時の状況はローも知らないが、当事者である彼女は大きく関わっているのだから引っかかるものがあってもおかしくない。
 そういう意味を込めて聞いたものの、当の本人はどこ吹く風。何を聞かれているのかさっぱりといった表情で自分を見つめ返してくる。
 調査している中で少しずつ思い出していくのなら、まだ救いがあったかもしれない。だがクーデターが起こってしまったら、一体どうなるのだろうか。一気に辛い記憶が押し寄せてきたら――彼女がどうなるか誰にも予想できない。

「えっと……なんのことでしょう?」

 嘘をついている様子はなく、本当にわからないらしい。首を傾げるに、ローは「いや、何でもねェ」と誤魔化すように視線をそらした。
 思い出していないのなら、こちらから無理やり聞き出す必要はないだろう。ただ、この先どう転がるかわからない状況の中でがまったく傷つかないことはない気がして柄にもなくちくりと胸が痛む。
 ついこの間たまたま助けただけの女に同情するなどどうかしていると思うが、時に感情というものは理性や建前といった表面的な部分を凌駕する場合がある。理性的であると自負している人間であっても、状況によって熱くなったり、本能のまま行動することがあるのだ。
 それで自分が理性を失うとは露ほども思っていないが、かといって知らないふりを続けられるほど冷酷でもなかった。つまりそう思う程度には、のことが気になる存在であることはもう認めざるを得ない。特別な感情と名付けていいものか迷いはあるものの、異性に抱く感情としてほかの女とは明らかに違っていた。
 ただ、それを告げるかどうかは別問題であり、今は優先すべきことがあるのでローは頭を切り替えて本題に戻る。

「それよりお前らも気をつけろ。奴らはそろそろ本格的に動くはずだ」
「どうしてそう思うんですか」
「聞いたからだ。次の司教を任命する日が二日後だとな」
「二日後!?」
「ああ。その日を狙ってくるかは定かじゃねェが、可能性としては高い。備えておいて損はねェだろう」
「……わかりました。上司に伝えます」

 そう言ってたちは来た道を足早に戻っていく。詳細を聞かずにどう伝えるつもりなのか。相変わらず向こう見ずな行動を取る女だと呆れつつ、不思議と目が離せない。革命軍のナンバーツーが衝動に駆られて焦る気持ちがわかる気がした。去っていく二つの背中を見つめながら、ローは今後の動きを考えることに思考を移す。
 クーデターの規模はわからないというのが正直なところだった。そもそも残党がどれくらいいるのか。クーデターを起こすならそれなりに集めているだろうが、あえて大事にせず中枢だけを狙ってくる場合も考えられる。革命軍のほうも現時点では応援がいるわけではないようだし、少ないならこちらとしても動きやすい。ローとしてはクーデターよりも中心人物から奴の情報を引き出し、弱味を握ることが最優先である。そのためにが首謀者と関わりが強いのなら、彼女には酷な話だが引き合わせなければならない。どんな結果になろうとも。