探り合い(3)

 革命軍に所属することをトラファルガー・ローに明かしたのは殺されたくなかったというのが最もな理由であるが、何よりこの人を前に嘘を貫き通すことの厳しさを身に染みて感じたからだ。射抜くような鋭い眼力と、首元にあてがわれた刀の峰。もし殺されなかったとしても、の嘘が露呈するのは時間の問題だっただろう。そもそもあの状況でただの客船だと主張するほうが無理な話だった。最初からわかった上で泳がされていたのだとしたら、かなりの策略家である。
 ローはが革命軍であることに驚きはしていなかったように見えた。最近になって行動範囲が広がっていることが理由かもしれない。さらにアンバー王国のことも知っているような口ぶりだったのは意外だ。
 内戦が絶えず、王政の危機的状況ともいえるが一海賊団にとって重要な国ではないし、”偉大なる航路”上に位置するといっても立ち寄るような名所や物資があるというわけでもない。あえて危ない橋を渡る必要はないと、通り過ぎていく船がほとんどだ。新聞でも小さく取り上げられる程度なので、よく読まなければ気づかないはずの情報を彼は知っている。それだけでも彼が博識であり、慎重に事を進めるタイプであることはうかがえた。革命軍の中でも諜報活動に長けているといえど、彼の前ではまるで子ども扱いも同然だった。
 そうした理由から当たり障りのないことをローに打ち明けた。少なくとも彼はのことや革命軍の情報を安易に他人へ漏らす恐れがないと判断できるからだ。
 アンバー王国の調査をすることになった経緯の発端は上司とのいざこざがきっかけだが、そもそもはが××島で入手したクーデターの情報である。そう話した直後、ローの表情が驚きに満ちてハッと息をのんだ。しかし何が彼をそうさせたのかにはわからず首を傾げる。しばらく無言のままローは難しい顔をして考え込んでいた。
 やがて口を開いたかと思えば、上の指示に従わなかったことを責めるような口調で追及され気まずい雰囲気が二人の間を包んだ。確かに一流海賊団の船長として、上司に背くような行為は見逃せなかったのかもしれない。冷静になった今のにも、自分の行動がいかに稚拙であったか理解している。とはいえ、は彼の部下ではないので糾弾される義理はない。早く仲間と連絡を取りたい一心で、今度はきちんと誠実な態度でローに懇願した。したにもかかわらず――

「なんて人なの、トラファルガー・ロー」

 思わず口からこぼれた、ここにはいない船長への悪態は誰に聞かれることもなく空中に溶けて消える。
 数時間前、船長室に忍び込んで電伝虫を拝借するミッションに失敗したは部屋の主に掴まり、自らの立場を露呈することになってしまった。改めて仲間への連絡を申し出たところ、快く了承――というわけではなく、条件を課されて今に至る。
 時計の針は五時を指していた。地下からは外の景色がわからないが夜明けが近いはずだ。結局あれから目がさえてしまって寝つけなかった。ローから出された『条件』がぐるぐると頭の中を巡っている。
 "おれをアンバー王国へ連れていくこと。つまり、船はこのままエターナルポースを使ってアンバーを目指すということだ。この条件をのんでもらう"
 それが無理なら電伝虫の使用は却下ときた。返事はすぐでなくてもいいということだったが、この条件をのまなければサボたちに連絡を取ることができないのだから実質は首を縦に振る以外選択肢がなかった。なぜなら仲間に連絡を取れないのならこの船にいる意味がなく、だったらすぐにでも飛び出してどこか近くの島に下船させてもらうしかない。ただでさえ、無断で出てきてもう一週間も音信不通になっているのだ。
 だが、最初に虚偽の発言をしてしまった手前、それが許されるとは到底思えなかった。あの狡猾な船長のことだ、危害を加えなかったとしても手ぶらということはあるまい。最悪、エターナルポースを渡せなんて言ってくる可能性だってある。それではがこなした任務が水の泡だ。せっかく手に入れた情報とアンバー王国への道標をみすみす手放すなど、それこそ上司に足手まとい認定されてしまう。
 それにローが条件を出してまでアンバー王国に興味があることにも驚く。彼はただの海賊であって、たちのように国の混乱に首を突っ込む必要はないはず。もしかして、こちらが知らない情報でも持っているのだろうか。考えたところで解決はしなかった。

「やっぱり条件をのもう。総長たちにはどうにかしてアンバー王国に来てもらうしかない」
「決まったようだな」
「ひえっ」
「……なんだ、その蛙みたいな顔は」

 決意して立ち上がったの出鼻をくじくように、相変わらず愛想のない表情で侮蔑の言葉を述べた。人の顔を蛙に例えるとはどういう神経だと反論したかったが、口論で勝てる気がしないと判断して言葉をのみこむ。それよりノックもなしに女の部屋へ入るなんてそちらのほうが大問題である。

「言っておくがノックはした。お前が気づかなかっただけだ」
「え……」
「顔に出てんだよ」

 くつくつと笑うローは、初めて楽しいものでも見るような柔らかい雰囲気を醸し出していた。ドアに寄りかかる姿は気だるく見えるのに、不思議なほどこちらに対して心を開いているように感じられる。愛想がないと思っていたが、感情の起伏がまったくないわけではないらしい。

「それでよく革命軍が務まるな、お前の上司の言うことはあながち間違ってないんじゃねェのか」
「そういうこと言わないでもらえます? 傷つきます」とは言ったものの、自分でも確かにそう思ってしまい、慌てて考えを振り払う。仮に足手まといだとしても、粘れるところまで粘るのがの務めだ。

「あなたの条件をのみます。だから電伝虫を貸してください」
「交渉成立だな。お前のことは通りすがりの遭難者とでも言っておく。だが、お前の救助に関わったベポたちにはもう通用しねェから諦めろ」
「それはつまり革命軍であると知っているのはあなたと私を助けてくれた人たち数名ということですね」
「ああそうだ。仲間とはアンバーで落ち合え、着いたら解放してやる」

 どこまでが本当のことを言っているのかわからなかったが、少なくとも先ほど見せてくれた笑みに嘘はない気がしたので信用してもいいだろう。腹の探り合いがは得意ではない。アンバーに着くまでの間とはいえ、険悪な雰囲気というのも周りが訝しむだろうからそれなりに友好な態度でいよう。海賊と革命軍は、本来交わることのない立場ではあるものの、世界政府と対立する(といっても、彼は王下七武海だから一応政府公認の海賊なのだが)という意味では同じ仲間と言えなくもないし、いざという時には頼れる存在になり得るかもしれない。
 それからもう一つ。彼がアンバー王国にこだわる理由を知りたいと思う。

「では改めて、よろしくお願いします」

 差し出したの右手に、彼のごつごつとした右手が重なる。袖口からのぞく黒い刺青がひどく扇情的に映り、それまで意識していなかった彼の容姿が気になって不覚にもどきりと脈を打った心臓に気づかないふりをした。